ラジオのように

投稿日:2012年11月07日

 

装飾皆無の黒のドレス。
切り揃えられた漆黒の髪。
厚ぼったいつけまつげが覆い被さり白目は判別不能。
黒人のような肉厚の唇にも色味はない。
歌声も見た目と同じ白黒の世界。

 

浅川マキにハマった。手に取ったレコードジャケットが事の発端で、私は新しくレコードが出るたびに買い、時折ライブに出かけた。ひとりライブハウスの前で待ち、たいてい前列ピアノとは逆側を陣取った。
70年代、私が12〜3歳、中学の頃の話だ。

 

何年目かの夜「今夜もとても若いお嬢さんがおいでだから. . . 」マキがこちらを見ずに呟いた。音が未だ鳴る前なのに、こくん、こくん、とリズムをとり、耳を澄ませる。客の大勢はオヤジ達で、こちらも演奏前から耳を澄ませた。マキの呟きは呪文となって小さな会場に反響し、そこにいたすべての者を彼女の世界に引き込んだ。

 

ビリー・ホリデイを聴いたのも浅川マキが語るラジオだった。番組はマキによるビリー・ホリデイの自叙伝「奇妙な果実」の朗読で進められ、効果音と歌で構成されていたように記憶する。語る声の背後から、深夜の都会の路地裏を乾いた靴音が駆け抜ける。きしむ階段の音。ステージの沸き上がる歓声と演奏者の昂り。そしてビリーの歌声、マキが語り、聴いている私。
ラジオを前に。
何夜か続いたその放送で、いつも私は奇妙な混乱をした。

 

そしてそれは今も続く。あれは浅川マキなのか、それともビリー・ホリデイだったのか。
彼女が私にくれた歌「今夜もとても若いお嬢さんがおいでだから. . . 」。
あの夜と同じ夜。

 

菩提寺光世

 

 

2012.11.07

2012.11.7 投稿|