生きるためのダンディズム その1 川口拓人

投稿日:2014年11月12日
cameraworks by Takewaki
 

 

靴磨き——BESPOKEの輝きと靴や物との永い関係

 

 先頃、秋葉原の駅ビルのAtre1の2階にある”waltz”というshoe shineに通いはじめた。

 

自分でも靴磨きはそれなりにやっていたつもりであったが、「一度、”waltz”で磨いてもらったら、しっかりクリームが革に浸透し、その後の手入れがやりやすくなるので行ってみたら」とB氏にいわれた。

 

 実際にお店を切り盛りする”shoeshiner”の川口拓人氏に靴を磨いてもらって驚いた。彼が乳化性クリームを塗り込むたびに靴の表情がみるみる変化していく。そして磨きの前と後では、靴の表情がまったく異なったものになっていた。びっくりするほど輝くのだ。その変化は劇的ともいえるものである。その磨きの技巧は、まさにプロフェッショナルと呼ぶに相応しいものだろう。

 

 いく都度わずかな時間であるが、靴や磨きのテクニックなどについて色々とお話をうかがうことができるのもとても楽しみにしていた。

 

 そんな矢先、定期的に川口氏に出向頂いているrengoDMSの企画で、インタヴューする機会を得た。
 靴磨きを通じた人と靴や物との関係、あるいは今日の消費文化の変化などについて、含蓄のある話を伺うことができた。靴や靴磨きに興味のある方だけでなく、よい物を長く大切にしたいと考える方は、川口氏の話を読んでいただきたい。

 

 
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——–きっかけ

 

もともと川口氏は客として”waltz”と出会った。

 

服飾系の大学を出た後、ネクタイメーカーで営業などの仕事をしていた彼は、服や靴も
ファッションはトータルに好きだった。けれども特に靴に対して特別に執着しているというわけではなかった。

 

ネクタイメーカーでの営業の際に、どう視られるのか、自分がどう振る舞えばよいのか、身だしなみに気をつけなければならなかった。
そんな時に偶然、”waltz”を見つけて、靴を磨いてもらったのだという。

 

目の前で自分の靴が磨かれていき、その変化やクオリティー、光の強さに感動した彼は、磨くという技術や、その方法の新しさなどに強くひきつけられた。

 

営業、仕入れ、マーケティングと部署ごとに分化された役割のみを担う仕事が組織では大半だ。けれども”シューシャイン(靴磨き)”は、最初から最後までひとりが客と向き合い、見届けることができる。
「自分の技術や頑張りによって、自信を持ってお客さまに提供できる商品だと思いました。
実のところ”waltz”の靴磨きをきっかけにして、靴の魅力にどんどんハマっていったのです。
そして”waltz”がスタッフを募集していると知り、応募してスタッフになりました。」

 

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——–大切にしていること

 

“waltz”は、サブタイトルとして”bespoke shoe shine salon”と名乗っているように、単に靴を光らせればよいというわけではなく、その方に合うような靴の磨きを心がけている。
例えば、新しい靴の場合、革が堅いので、ほぐすように柔らかくしてあげたり、結婚式であれば、つま先をより強く光らせる。
客と”bespoke(対話・コミュニケーション)”をすることで、相手の目的に合った磨きをより明確に出せる。
靴磨きでより根本的なことは、より永く靴を履いていただくということだと言う。
靴の手入れやメインテナンスの本来の目的は、そういうことである。

 

——–具体的に”bespoke(対話・コミュニケーション)”とは

 

会話だけでなく、靴を磨いた際に、足を触れば、どの辺がキツいとか、負担がかかっているかなどが、次第に分かるようになったという。
ワックスだと全て同じような仕上げ方になるが、小指が強く当たっているようであれば、そこに重点的にクリームを塗り込んでほぐしてあげれば、革が柔らかくなり履きやすくなる。

 

人間と同じで、寒い時期であれば筋肉がこわばるように、革もこわばり、乾燥が一番のよくない。革が乾くと、ちょっとの衝撃で割れるようなかたちで裂けてしまう。
クリームを革の表面から奥の方へしっかり塗り込んでほぐしてあげることで革の乾燥を防ぐことができるという。

 

「靴と一生つき合えるように、10年20年と寄り添えるようにお手伝いをしています。
あまり靴に興味がなかったのに”waltz”で磨いたことをきっかけにして、靴の手入れに関心を持ってくださった方も少なからずいます。」

 

——–ビスポークと、レディーメイドの靴に違いはあるか?

 

「やはり違います。」
例えば、今ここにあるステファノベーメルのbespokeは、とてもよい革が使われていて、奇麗で木目(きめ)が細かい。
だから磨くとすごく光りやすい。
bespokeで作られた靴は、磨くとどこまで光り、どのような表情を見せるのだろう、どういう表情をみせたいと思ってオーダーされたのかなどと考え、楽しくなる。
よりシルエットを際立たせるために光の加減を調整したり、光をつなげることでラインを強調することなどの工夫をする。
bespokeで作られた靴の場合は、依頼者と制作者の双方の意図を汲み取って、話をしながら強調すべきことを強調し、よりよく魅せれるよう心がけている。
「靴磨きでもなく、靴でもなく、あくまでお客さまが主役なので、お客さまがより輝くように仕上げることが大切です。」

 

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——–流儀と異なる要望があった場合

 

例えばrengoDMSは、建築物の全体のバランスやモジュールをとても大切にしている。しかし、依頼者のニーズを優先しすぎることが、全体のバランスやモジュールを崩してしまうことになりかねない。自分自身が自信を持って提供するやりかた以外の要求があった場合は、どう対応するのだろう?

 

靴磨きが好きな方は、ワックスで磨かれるケースが多い。ワックスで光っている状態の靴を、磨きにこられる方には、あらかじめ「ワックスよりもすこし光が弱くなることがあるかもしれません」と説明する。
それでワックスを全部落としてもよいという場合は、ある程度ワックスを除去しクリームを塗り込む。
一遍にワックスが落ちるわけではないので、何度か処理しているうちに、ワックスの割合が落ちて、クリームとワックスが入れ替わり、最終的にはクリームだけの状態になってくる。

 

それでもワックスを落とさないでやって欲しいという場合、ワックスは落とさないと磨けないが、ワックスの層で落ちきった部分であるとか、足りない部分をクリームとワックスを循環させて、そこを補ったり埋め込んであげるようにする。

 

実際、ワックスの方がつま先部分の光が強くなるかもしれないが、クリームによる仕上げのポイントは、シワの入り方や後ろにかけての光のつながりかた、革のやわらかさ、足への馴染みやすさなどだ。

 

ワックスを使用されていた方でも、クリームによる”waltz”の仕上げに感動や共感をされて、結果的にリピートされることは多い。

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——–“磨きのbespoke”

 

とくにワックスは一回落として、スッピンの状態に戻さないといけない。
“waltz”の場合は、クリームを全部落としきる必要がなく、以前のクリームも活用し、一回目より、二回目、三回目とよりよい状態になり、回数を重ねる毎により奇麗に輝きだすようになる。
客に寄り添い一緒にどうしたら良いのか考えながら靴を育てていくので、他のシューシャインとは異なるかも知れない。

 

——–一方的な要望に応えるわけではなく、リクエストを尊重した上で共に仕上げていく
 

ステファノ・ベーメルは生前、”bespoke”の際に、顧客の要望と彼のスタイルが異なる場合は、一方的にニーズに応じず、色々と説明を繰り返し、納得してもらった上で、仕事にとりかかった。その方が、結果的に顧客からの満足が得られたという話を聞いたことがあるが、その点についてはどうだろう?

 

そういう場合、リクエストのままに応じるのではなく、よりよいやり方や見せかたもあると提案しながら、落としどころを見つけていく。
「けれどもこちらも自分よがりにならず、やはりお客さまを第一に考えて、満足していただくことが大切である。」という。

 

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——–手仕事の必要性

 

どんなに精巧な機械が導入されても、決してなくならない、人の手を入れなければならない仕事が幾つもあると思う。
靴磨きも、その一つ。
馴染んだ靴は、その一つ一つが異なるもの。
特にbespokeの靴は、革の性質などを含め一つ一つが異なった仕上げになっており、その手入れの仕方や輝かせ方も異なってくる。
このような性格をもった靴の磨きやメインテナンスを機械ですべて処理することは不可能ではないだろうか。

 

——–コミュニケーションは人とだけではなく、靴ともある

 

「よく靴と会話しているようだといわれます。」
靴がどういう状況であるかを、目で見たり、手触りなどで判断する。
一時期、上野などに自動靴磨機があったが、それが流行らなかった理由は、全部一様の仕上げになったり、ただ研磨性だけが強調されたりしたからだろう。
磨きの際の指の力加減であったり、クリームの色だったり、布の水分量だったり、全て靴に応じて変えていかなければならず、履かれた靴はそれぞれ個性を持っているので、やはり機械で仕上げることには無理があるだろうという。

 
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——–いまの時代の大量消費・大量廃棄するような傾向

 

せっかく良い靴を履かれているのに磨かれてない方がかなり見受けられ、もったいないなと思う。
“waltz”に通われると、リピート率が高く、多くの方が一足だけでなく他の靴も持って来てくれるようになり、他の人の靴が気になり始めるようだ。

 

少しずつだけど3.11以降、一つの物を大切にしようという傾向が世の中に浸透しはじめているように見受けられる。
それは靴の値段に比例してというわけではなく、安価な靴であろうが高価な靴であろうがかわりなく大切に長く使って育てていこうという変化が生じているように思う。

 

靴磨きだけでなく全体の市場の流れなどを見ても、安価なものが凄く売れていた時代から、中間層が少し抜けて、高価な物をより永く使っていこうという意識が高まっているように感じる。

 

——–グッドイヤー製法の女性靴

 

英国スタイルの女性靴が世の中に出回りはじめている。ウイングチップなどで、チャーチやトリッカーズといったブランド展開した女性靴が増えている。

 

「そこが大切なところだと思います。」

 

女性靴は、流行が早いので、基本的に永く履くものとして作られていなかった。グッドイヤーは非常に少なく、多くがセメントによるもの。

 

それが昨年や一昨年あたりから、トリッカーズやチャーチなどのメンズライクな靴が増えてきた。

 

もちろんファッションブランドの靴も良いが、使い捨てではなく、靴を永く大切に使っていくような変化が女性たちにも起こっているのかもしれない。
「実際に男性客が奥さまの靴を持参されたり、夫婦揃っていらっしゃることも増えてまいりました。」

 

——–消費文化の感性の変化

 

そこまで大きな変化ではないと思うが、少しずつ変化していると感じる。
高級クリーニング店などや、shoeshinerも増えている。
自分の持っている物を永く大切に扱おうとする傾向は、確かにでてきている。
「消費の流れや店舗の品揃えも変わってきているように思います。」

 

これから私も何度も、川口氏に磨いてもらうことになるだろう。

 

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※なお本文は2014年10月21日、rengoDMSでの川口拓人氏へのインタヴューに基づき再構成したものである。

参考文献:田中久美子(文)・太田隆生(写真)「Reviewing Shoe Care 靴のケアを再考する」『LAST「ラスト」』issue07、(株)シムサム・メディア、2014年10月。※文献中の松室真一郎氏のシューケアーを参考にした。

 

 

廉|2014.11.12

2014.11.12 投稿|