生きるためのダンディズム その2 山口千尋 part1 

投稿日:2015年02月25日

愉悦する靴の探求者 / GUILD of crafts代表 山口千尋氏インタヴュー

 

cameraworks by Takewaki       

 

 ひょんなことから、師の勧めでGUILD of crafts(以下「ギルド」)で靴をオーダーメイドした。ロースティッドハニーのホールカットでノルウィージャンウェルトというマニッシュな一足である。
 現代の消費文化にどっぷり浸かりきり、使い捨ての商品に埋没してきた私にとって、靴とは、ジーパンと同じように日々の生活のなかで履きつぶしていく消耗品であった(注)。師に手入れ次第で永く履き続けることのできるノーザンプトン製の靴を勧められ、数ヶ月で数足を買いそろえてローテーションで履いてはいた。でも今度は、いきなりギルドでのオーダーメイドとなった。それは、私にとって人生初のダンディにすぎる法外の跳躍であった。
 山口氏はNHKのインタヴューで「本当に足に合った靴は、素足でいるより気持ちが良い」と述べていたが、その言葉を私自身の足で実感する機会を得ることができた。びたっと吸い込むように足を包み込む靴の感触が大変心地よい。この靴は、私の靴人生における新たなマイルストーンとなった。

 

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 今回rengoDMSの計らいで、山口さんご本人にインタヴューする機会を設けていただいた。貴重な機会を得た私は、カメラマンを含めた四人でギルド銀座店へとインタヴューに向かった。
 山口さんへのインタヴューは、靴と人、あるいは道具や品物と人とのかかわり、そして現代の消費文化の在り方に一石を投じる大変有意義なものであった。靴好きはもちろん、物作りや現代の消費文化の変化に興味のある方は、是非目を通して欲しい。

 

——–もともと規模の大きな靴メーカーの社員としてお勤めされていらしたそうですね。そこでの安定した職をなげうって、英国で靴作りを学ばれたわけですが、その時はどのようなお気持ちだったのでしょうか。

 

 それほどストイックな話ではないのです。まず「靴のメーカーに就職して、どんどん靴が好きになりました」。けれども会社の中では、与えられた条件の内側からしか靴と関わることができなかった。その条件を超えて「靴そのものに興味がでてきてしまったのです」。
 靴は、場合によっては「人間の命にも関わる道具」だ。靴に使用される革の歴史は、繊維の歴史よりも長い。会社での靴との関わりという条件を超えて、靴や革について探求してみたくなったのだという。

 

 山口氏は、自らのモットーである「得るは、捨つるにあり」を実践し、会社を退職して英国へ旅立った。そこには不退転の覚悟の必要性を教えてくれた良き上司の存在もあった。靴作りの工場勤めも経験してきた学究肌の山口氏にとって、長い歴史と技術的背景を持つ靴を知ることは、同時に自ら靴を製作することを意味していた。

 

——–山口さんにとって靴を知ることは、製作を通じた探求なのですね。

 

 靴に対する自分の欲求を満たすやり方を表現するなら「勉強」という言葉になる。けれども私の勉強の根底にあるのは「愉しさ」ですね。「得るは、捨つるにあり」といいましたが、それはたんに苦労というわけではありません。
 山口氏の英国行きの根底には靴作りの「愉しさ」そして「自由でありたい」という欲求があったのだ。

 

——–山口さんの靴が、他の多くの靴と異なった水準に達しているのは、靴に対する強い想いが後推ししているのでしょうか。靴と山口さんの人生が不可分なものになっているように思えますが。

 

「結果的に私の人生と靴の関係は不可分なものとなりました」。けれども山口氏は、もともと絵が好きで高校時代に日本画を描いていた。その当時は日本画家かグラフィックを仕事にしたかったそうだ。とはいえ靴作りをしているうちに、靴を作っていても画を描いていても「同じものが自分から発散されている」ことにある日、山口氏は気がついた。

 

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——–千年以上の歴史や生活を背景にした靴づくりの面白さは、人間そのものの生活と密着していることに関わりがあるのでしょうか。

 

 アルプスで発見された5000年前のアイスマンが履いていた靴についてよく話します。アイスマンの靴は、「設計思想的には、アッパー、ライニング、中敷きのような構造、本底があり、それぞれが良く組み合わさってバランス良く人々の歩行をサポートしています」当然、保温効果もある。アイスマンの靴は、現在の靴とほぼ設計思想や基本構造が変わらない。
 靴に関しては、画期的な変化があるわけではなく、同じものを修正したり、作り直したりしている。スニーカーもその仲間といえる。多くの人間が、そのような靴にアプローチしてきた。

 

「そのプロセスで失われたアイデアもあるでしょうし、新しいと思ったアイデアももしかしたら過去に試した人がいるかも知れません」

 

 どの民族でも靴のアッパーは「生き物の革を使った袋構造」から発生しているようだ。シューレースが編み込まれていたり、表の革には毛皮などのバリエーションがある。内側には繊維物を敷き詰めて、足と革との間のストレスを軽減する。そして本底がある。内側の繊維が痛んだり、底が削れれば取り替える。私達がはき続けている靴は、そのような普遍的構造に拠っている。

 

——–ギルドは紳士靴に限らず、日本における女性向けのハンドソーンによる靴づくりの草分けでした。その当時の婦人靴は、セメントもしくは機械縫いの靴が主流でした。ステファノ・べーメルが、私の履いていたギルドのブーツを見て、その繊細な仕上がりとスタイルに驚いていました。ヨーロッパの伝統、ハウススタイルを重んじながらも色々なことに触発されながら靴作りをされていますね。

 

 形式を重んじる”メゾン”と呼ばれるメーカーは、いま「ファッションからなるべく離れたい」と考えています。パリのある老舗などは「工芸に近づきたい」と考えているようです。「古ければ古いほど、ブランドの価値がある」と考える傾向にあります。

 

「ギルドは歴史のない若い会社です。とはいえ若さを売りにもしたくありません。行列ができたり、不特定多数の人を悦ばすことも望んではいません。靴を愛する、より次元の高い人に悦んでもらいたいですね。その意味でステファノ・べーメルがギルドの靴を褒めてくれたことは、非常に嬉しいです。明日スタッフにその事を伝えます。皆、悦びます」

 

 マーケティングを主体にすると、特定のイメージを提示するスタイルやその時々の流行などを追いかけねばならない。モードによって消費文化を牽引してきた感性と対極のところにギルドの靴作りはある。

 

「ゆったりとした時間の中で、一人一人のお客さまじっくりとお話し、ずっと付き合えることを目標としています。ギルドの靴は、お客様との対話の中から生まれてくるのです」
 

 例えばギルドのスニーカーは、既存のスニーカーをモデルにしたのではない。そのスニーカーの形態とデザインは、客との対話の中を通じて、その結果、人の歩き方に合わせることを目指したことから生まれてきた。

 

「一人一人のお客さまとのコミュニケーションが最も大切ですから、マーケティングを意識してイタリア・フランス・英国などのスタイルや、その時々の流行を気にする必要はないのです」

 

「ギルドの靴作りの仕事はトンカンしているだけではありません」

 

 お客さまとの”Bespoke(対話・コミュニケーション)”から始まり、そこからデザイン、パターン、設計、木型の削り、裁断などの工程があり、そしてハンマーを振るった後に磨いて仕上げていく。それらのすべての工程が靴作りであり「その一つ一つがとても面白く、画を描くときと同じ悦びが出てくるのです。その悦びは、靴だからというわけではないのかも知れません」
分断されることのない一連の作業工程にこそ、ウィリアム・モリスが指摘していた”芸術(Art)の悦び”が宿るのであろう。

 

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(注)靴だけでなく、岡山県の児島で今も作られている伝統的な厚手の本格派デニムが単なる消耗品でないことを、最近、身をもって知ることになった。
(Part 2に続く)

 

 

廉|2015.02.25

2015.2.25 投稿|