信國太志×仲正昌樹×米原康正×菩提寺伸人 トークイベント第一弾

投稿日:2018年06月20日

photo by n bodaiji

 

photo by yoko

 

―― 今回のトークセッションは前回メンバーに加え、新たにテーラーの信國太志さんにご参加いただきます。簡単に信國さんのご紹介をいたします。信國さんは孫正義さんや堀江貴文さんも通った福岡の大変有名な進学校を中退されてロサンゼルスなどに遊学。その後、ファッション業界に多くの才能を輩出するロンドンの名門カレッジ、セントラル・セント・マーチンズに入られます。その後マルコム・マクラーレンやヴィヴィアン・ウエストウッドなどと交流、卒業制作ショーはメディアに取り上げられ話題を集めるなど、新鋭デザイナーとして注目されました。日本に帰国後はご自身のブランドを立ち上げ、その後〈タケオキクチ〉でクリエイティブ・ディレクターとして活躍。2005年には毎日ファッション大賞新人賞を受賞されています。ですが、ここから先が不思議な経歴です。周囲はそのままデザイナーとして活躍するものと思っていましたが、一転、ビスポークテーラーになられます。私が知り合ったのは、rengoDMSで企画したビスポークシュー・メーカーのステファノ・ベーメル展がきっかけです。追々、その経緯を語っていただこうと思います。

cameraworks by koshimizu susumu

 

前回のトークイベントの内容をざっくりとまとめておきます。主には80年代カルチャーの現場がどうであったか、という話でした。強引に結論は出していませんが、80年代という時代は、主体が揺ぎ始めた、いわばモラトリアムの時代ではなかったか、という論点が出されました。受験戦争の弊害として現われた事件の話なども出ました。それまでは、「主体的であれ」「自分の意見を自分の声で発すべし」と言われてきましたが、あの時代から、善悪も含め均一の枠に収まりきれない歪みが、それぞれの主体に生じたのではないか、という議論です。
仲正先生からは、主従の関係について、ヘーゲルの「主と僕(しもべ)の弁証法」にあるように、僕があって初めて主が成立するので、実は僕の存在が重要ではないか、という指摘も出されました。受動的な存在が必要だということです。関連してSMの話にも及びました。受動的であり続けること、やられ続けることは、主体的な強さを持っていないとそれに耐えきれないものだ、ということです。
また、それまでもコラージュや引用、編集と言ったものはあるけれど、80年代頃になると様々な引用、コピーなどを多用することによって企図した何かや、オリジナルに回帰する何かではなく、混淆することで即興的に、また偶発的に発生した別の何か、サンプリング、リミックス、編集などによって生み出されたシュミレーショニズムに光が当て始められ、それがサンプリング・カルチャーや今の文化に繋がっているという議論もありました。今の時代の契機を80年代が準備したのではないか、というところでトークセッションを終えました。
前回のトークが好評だったため、この第2回目のトークを企画しました。最初に宣言しておきますが、皆さんの関心がかなり多岐に渡るので、おそらくまとまらないと思います。どこに行き着くか未知ですが、とにかくスタートしますので宜しくお願い致します。
では最初に米原さんに問題提起を頂きます。

 

米原 前回の「主体」のテーマに通じるトピックかと思いますが、僕は雑誌で連載を持っているんですが、ある回の記事が炎上したんです。でも不思議なことに、執筆した僕個人の方は炎上しなくて、版元の新潮社が叩かれた。同じ頃、僕に以前インタビューしてくれたこともある朝日新聞の記者がLGBTについて書いた記事も炎上したんですが、矛先は朝日新聞に向かった。つまり、発信した当事者を攻撃するのではなく、掲載した新潮社、朝日新聞に一気に非難が向かい、それに対してすぐに4万~5万のリツイートが付くという炎上の仕方をしたんです。それは主体のある人の行動と言えるのか? その炎上に加担した人たちの主体性を、僕は疑わしいと思っています。
この大きな企業を叩くという動きは、どういう意味を持っているのでしょうか? 新潮社や朝日新聞は、いわば権威で、ともすると無意識にそこに従ってしまいがちな存在です。それを徹底的に叩く。これまでは力を持たなかったバラバラの個人が、SNSを使って妙な権威として振る舞っていると感じました。これについて仲正さんはどう思いますか?

 

仲正 炎上の際にリツイートするのは、「大きな流れに参加したい」という願望からだと思います。昔の左翼運動も本質的に同じようなところがありました。大きな力に対し、自分たちが結集して向かって行き、穴を開け、その流れが大河になっていく・・・というストーリーを持ちたいんだと思います。典型的な”祭り”ですね。民俗学では、”祭り”を秩序に穴を開けるものと捉えます。そのために普段は分散している力を一挙に集中させる。左翼運動の時代は、貧困問題や抑圧されている人びとを生み出している権力がはっきり存在しており、それに対してぶつかっていくというものでした。その時、もちろん理屈も必要ですが、みんなと一緒に参加している高揚感の方が勝っていたと思います。自分の鏡のような存在がたくさんいて、みんなで一緒に穴を開けるために、ぐわーっと押しているような感覚。自分一人だけでモノ申しても空しいものですよね。でも、そこには自分の言葉がエコーしていくような状態があったわけです。
新潮社や朝日新聞は、米原さん個人よりは、そういう時にターゲットになりやすいと思います。いわゆる反権力のメディアだけれど、ある意味自身が権力を持って支配している。その権威を、力を持たない人びとが集まって倒すという高揚感があるわけです。自分の分身たちと群れになって向かって行く。倒せないまでも、言うことをきかせるだけでも気持ちいい。本当は互いに身体が見えるところに一緒にいて実感を得られればいいのですが、そこまでやるのは面倒だし時間もない。SNSの炎上は、そのようなお祭りをやっている気分にさせてくれるものなんだと思います

 

米原 その発言なり記事の発信元である個人が分かっているのに、僕や朝日の記者にはまったく文句が来ないんです。「そんな記事を許す新潮社はなんだ」とか、「こういうヤツが記事を書ける朝日新聞はおかしい」という叩き方になる。意見を言い合うという雰囲気にまったくなっていないところが怖いなと感じたんです。

 

仲正 本当の議論であれば、意見を言う時やたとえ同意するにしても、他人の意見を一旦自分の中で咀嚼しますよね。つまり同意する場合も何かしら違いが出てくるわけですが、SNS、特に短文のTwitterでは、違いなんて出て来るはずはありません。昔の学生運動でも本当はそんなに真剣な議論などしてないと思いますが、一応面と向かって言葉を交わしていたので、相互作用しているという実感を得た上で動けていました。SNSの場合、それはないけれど、相手が自分のミラーのように思え、自分の言葉がエコーを伴って反射していくような快感が得られるんだと思います。その意味で、RT(リツイート)がすごく魅力なんだと思う。個人的な言葉を発しても、普通は他人にはなかなか聞いてもらえませんよね。でも、大きな権威を叩くとなると、多くの人がちょっと変型しながらRTしてくれる。それをさらにRTしてくれる人が20~30人単位でいる。そういうことが好きな人間がたくさん集まってくるわけです。
多少高尚なことを言うと、エリアス・カネッティは、群衆を構成している人たちは、群衆の中にいる他人を自分のミラーにしている、という主旨のことを言っています。そのように、RTすることで似姿をお互いに確認し合って同じ方向に動いていくのでしょう。普通、大衆社会であれば、同じ意見を持っていること自体を確認しようがないし、同じ方向に動いていても分かるはずがない。多くの思想家が、19世紀末に群衆が現われたことを問題にしているのは、それまで自分たちの方向性や共通性が分からなかった人たちが、一つの塊として出現したからです。街の中で同じ方向で動き始めると、皆で一つの方向を向いて動いているような気がしてくる。冷静に考えてみると、祭りの時に混雑で押されて同じ方向に流されるのと大して変わりはないのですが、一応目的が与えられると、市民社会になって失われた絆を感じられる。他人と同じ方向を向いて動いているという感覚を取り戻せた気になる。それがまさに群衆がお互いを鏡として見るという現象です。人びとがそれに快楽を覚えると、群衆がより拡大していくことになるわけです。

 

――ギリシアの映画監督テオ・アンゲロプロスはほぼ全作品、変動する20世紀ギリシア政治の現代史の風景を軸に描いてるんです。軍事政権が崩壊、社会主義運動の旋風後を無言の群衆が同じ方向をただ歩いているだけというシーンで変わりゆく時代を表現していました。群衆が歩き去った後、誰もいなくなった風景が映り続けている。その空疎な風景のシーンが映り続けていることで、「時代は変わった、けれど、事態は何も変わらない」ことを観る側は受け取れる。イデオロギーの終焉というか、それがイメージとして沸きました。仲正先生の今の話を、前回の主従の話に置き換えて考えてみると、声を持たない、自分の言葉を持っていない、名前も持っていない、つまり自分の主体がはっきりしないような人たちが、何かに乗っかることによって大きくなる、ということでしょうか。自分と同じような意見の人の言葉を引用することによって、「これが自分の言葉なんだ!」と作り上げてしまう。自分は脆く弱いので、個vs.個としては対峙できない。それが、リツイートでも、他の人の大きな言葉をまとうことによって、明確ではない対象に対してドーンと大きく出れる。そういう現象だとも言えるのではないでしょうか。

 

仲正 映画で思い出したことがあります。群衆の政治性を表現している、としてよく引用されるのが、フリッツ・ラングの『メトロポリス』(1927年)というワイマール時代の作品です。簡単にストーリーを追っておきます。二〇二六年のメトロポリスと呼ばれる未来都市が舞台です。それは徹底的な階級社会ですが、資本家で支配者の息子フレーダーは、労働者階級の娘マリアと知り合い恋人になります。マリアは、「脳」(支配階級)と「手」(労働者階級)がいつか和解する時が来ると信じ、フレーダーが両階級の調停者になると信じます。マリアの存在を危険視したフレーダーの父フレーダーセンは、科学者のロトワングに命じてマリアを誘拐させ、彼女に似せたアンドロイドを作らせます。労働者の下に送り込んで、彼らの間の団結を崩すのが目的です。しかし、フレーダーセンに恨みを抱いていたロトワングは、アンドロイドのマリアに労働者を扇動させ、フレーダーセンに反逆を起こさせます。それまで仕方なく漫然と過酷な重労働をしていた労働者が、アンドロイドの少女の煽動によって暴動を起こす。人間ではなくアンドロイドの声に煽動されるところが一つのミソです。自分は抑圧されている状態にあり、解放されるべきだと理性的に考えたのではなく、ヒロインの声を聞いて暴徒となっていくわけですが、彼らは自分の主体性が発揮されていると思っているように見える。外界に変化を起こさないと人は主体性を発揮した気にはなれません。単に声を発しているだけでは一方通行なので、レスポンスが必要なんです。同じような人たちで集まりである「群衆」がいいのは、「あいつを倒せ!」と言うと一緒に唱和してくれる。普通であれば、「あいつが気に入らないから倒せ!」と言っても、周りは聞いてくれないでしょう。同じような怒りを持っているという認識があると、たとえヒーロー的資質を持っていなくても、自分が発した言葉を周囲の人は唱和してくれる。通常、プライベートでは、自分が発した声を他人が唱和してくれる経験はまずないでしょう。群衆、それは個人にとっては恐るべき経験なわけです。さらに言葉だけではなく、みんなで一緒に大きな敵を、倒せなくとも動揺させられれば、それこそが主体性だと思えてしまう。
『メトロ・ポリス』の映像技法が優れているのは、まるで一つの身体であるかのように「群衆」が動いているところを映像化したところだと言われています。仮に、自分自身が客観的に見て群衆そのものとして振る舞っていても、自分が群衆の一部として振る舞っている間は、群衆の一部としての自分を見ることはできない。だけど、映像化すれば、自分たちの「群衆」としての姿を見ることができる。それによって、彼らに自分たちは一つの体を持っていると自覚させることができます。ナチスはそれをうまく利用しました。ヒトラーのお抱え映画監督になったレニ・リーフェンシュタールによるナチス党大会の記録映画『意志の勝利』やベルリン・オリンピックの記録映画『オリンピア』は、「群衆」の映し方が絶妙で、映像による一体化の演出のモデルになったとされています。

photo by m bodaiji

 

――一対一にはなれないけれど、マス対マスの一方の一員になることによって主体性を感じられるということですね。

 

仲正 一見主体性があるように思える。実際には同じ方向に向かっている群れの中の一匹なわけですが。たまたま自分が出した声に、タイミングが良かったのか、他の人が唱和してくれただけなんだけれど、当人はそれさえも今まで経験したことがないので、主体性を持っているつもりになれてしまう。社会運動は、かなり冷静にやっているつもりでも、多分にそういう面があると思います。SNSでは、それがかなり手軽にできてしまうわけです。

 

菩提寺 メトロポリスはドイツ表現主義のサイレント映画ですが、前回も話した〈クラフトワーク〉のメンバーはフリッツ・ラングの『メトロポリス』から影響を受けていると言われています。同名の曲がアルバムザ・マンマシーンにも収録されてます。そのジャケットはロシア構成主義からの引用で、アルバムにはザ・ロボッツという曲もありヴォコーダーの声でロシア語?でRabotnik(労働者)についての歌詞、語りが入っています。メンバーのR.ヒュッターがロシア語のロボットに関係した言葉に労働者、重労働と言う意味があるのを知っていてそうしたということをどこかで読んだことがあります。ロボットの語源はチェコスロヴァキアの小説家が人造人間をそう名付けたことから来ていて、その作家はゴーレム伝説から影響を受けていたようです。リーフェンシュタールはフランクの山岳映画で女優としてデビューし映画にかかわり始め、戦後はヌバ族の写真集、その後は高齢でダイビングし水中写真の作品を発表していました。前回話したアールヴィヴァンで当時フランス版のヌバの写真集が販売されてました。水中写真の方はパルコで写真展をやっていてみに行った記憶があります。肉体美へのこだわりがあり、本人自身も相当に体力のある人だったのでしょうか。
また先ほど集団、群衆の考え方、集団心理についての話がありました。19世紀中庸にタルドやル・ボン、マクドゥガル等が論じ、その後フロイトが「集団心理学と自我分析」を書き、取り入れと同一化、理想化、惚れ込みいうテーマを残しました。それとメラニー・クラインの精神分析の理論、病理学的なものも含めて原始的防衛機制、妄想分裂ポジション、分裂(splitting)、投影性同一視などの影響下に精神分析のW.R.ビオンやE.ジャックス(ヤクィス)等が集団について著したものがあります。本来なら人文的にも面白いテーマだと思います。

 

(参照映像)
Kraftwerk-Roboter 1978
https://www.youtube.com/watch?v=5DBc5NpyEoo

 

――信國さんは、チベット仏教の位階をお持ちですね。

 

信國 チベットに限らず大乗仏教の仏教徒です。僕が修業した大乗仏教は「帰謬論証派」と言い、中観派に属しています。帰謬論証派は、今話されていたような、主客の関係性は一方的ではないと考えます。
これまでの体制と大衆との関係性は、基本的に体制に対して大衆が打ち負かそうと向かっていく構図ですよね。最近、感じていることがあります。近年のテクノロジー発達以降、ある種、情報の民主化に伴い、若者たちは「僕らはテクノロジーがあるから簡単には騙されないぞ」という考えを一般的に持っているようですが、その「簡単には騙されないぞ」という考え自体が、僕はコントロールされているのではないか、と思っているんです。紋切型の反体制というか、実はその思想すらもある種マーケティングされているところがあるんじゃないか。すごく単純に「自分は簡単には騙されないぞ」と、情報ニートのように叫んでいる人たちこそ、実はコントロールされているのではないか、とすごく感じているところです。

 

米原 90年代、村上龍が「トパーズ」という小説を書いたりして、SMがすごく流行った時期がある。僕はその現象がすごく面白くて、いろんなお店を取材していました。そこで当時「ここには本当の女王さましかいない」とマニアから褒め称えられていたラビリンスというお店に一人だけいたM嬢のナオさんから聞いたことを今でもはっきり覚えています。「究極になればなるほど、私はSになる。私がMであればあるほど、その存在はSの人にとってSになる。そのSを受け入れるのは私しかいないから」。それに近い感じかなと。

 

信國 昨日読んでいた禅の本に、いきなり弟子が師匠を殴り、殴られた師匠は笑うという話が出ていました。それは、主客は反転し得る、移ろいやすく、まったく実態のないものだという理解がお互いの間で成立したという笑いなんです。そこが分からない人には大変奇妙な話ですが、僕からすると今の話に通じる気がします。

 

――大きく2つの問題が出ました。一対一での主客の問題がまず第1点。群衆(マス)という大きいものと小さいものの話が第2点目です。信國さんは大乗仏教を修められたということですが、大乗仏教とは、精進して修業を重ねステージを上げていくのではなく、すべての人が乗る大きな乗り物で人びとを救済するというものですよね。個人が何かに向かって行くというよりも、マスで考えるということになるのでしょうか。

 

信國 大きい乗り物というか、「方便」という言葉があります。英語に訳すととても分かりやすく、Methodとなります。慈悲も一つの方法です。あらゆるものへの慈悲心を育むことで、自分の非存在性を受け取るということが最終的な目標です。以前の教育が批判された主体性の無さは、極めると実はある種悟りに至るのかも知れませんね。

 

――無私になるということですね。先ほどのM譲のナオさんの話に通じますね。

 

信國 いい友達になれそうです(笑)。

 

米原 極めていくとそうなりますよね。

 

仲正 うんうん。

 

信國 僕は天皇もそうだと思うんです。ほとんどはっきり主張されない。だからこそ永続してきたわけですし、そこは老子のタオイズムにも通じると思います。
また、今のメディア、ものを作る人、買う人の関係は、主従が逆転していきながら、ある意味洗練された方向に向かっているのかなとも思います。

 

仲正 理屈を言うと、人は自分だけでは主体性が何か分かりません。言葉で自分に納得させるしかありません。でも、言葉というものは他人から習ったものだし、他人に向かって発しないと意味をなさないものです。自分に向かって語りかけ、自分の主体性は何かと自分探しをしているつもりでも、実は他人に向けて発信しているわけです。つまり自分探しと言いながら、どのように自分を出したら他人が認めてくれるのか、深いところで求めているわけです。実社会でなくとも仮想の社会をどこかで想定し、その中で何をすれば自分の主体性になるかと考える。そのような構造を常に持っているわけです。それはまさにヘーゲルが言ったことで、実際にはどこかで自分と他人との釣り合いを取っていくしかないわけですが、それが分からないと、どうしようもない自分探しに陥る。何をやったら自分らしく見てくれるのか、何をしたら自分の存在感を出せるのか、というドツボにはまり込んでしまう。自分らしさを探究し始めると、何をやっても他人がやっていることなわけです。厳密に考えると、自分だけしかやらないことなんて、この世にはありません。

 

信國 セント・マーチンズで初日に配られる1枚の紙に、ファッションとは何かが二言で書いてあるんです。一つは、「異なるもののミックスである」。もう一つは、「あなたが何物であるかの表明がファッションです」。日本ではファッションは手芸的なものの延長にありますが、西欧ではファッションは自己表明という意識が根底にあります。それは作る側にとっても重要だし、誰に売りたいかという時にも、そういう意識が必要になります。

 

――本当に自分からオリジナルに発せられるものは実はないのではないか、という仲正先生のお話と、ファッションとは自分とは何かの自己表明である、という信國さんのお話は、どのように繋げられるでしょう?

 

信國 「自分とは何か?」というより、「自分は何です」と言いたい時、その「何」が既に社会的に存在しないと、どう言ったところで「何か」になれないわけですよね。

 

米原 SM譲も、プレイには基本的なフォーマットがあるけど、人気が出る出ないは、それが本気かどうかが問われるようです。多分、台詞なんでしょう。その台詞を棒読みなのか、本気で言っているのか。ちゃんと感情を伝えられるSM譲が人気を集めるわけ。

 

信國 言われる側からすると自己否定の快感があるわけですね。だから本気で否定してくれる相手がいい。

 

米原 だから棒読みで言われても駄目。

 

菩提寺 そこに文脈があるか、ということですね。炎上の話とも繋がる気がします。

 

仲正 言葉を単語やフレーズに分解してみると、自分が世界で初めて発した言葉はないんです。分解すると誰かが既に同じようなことを言っている。SM譲の台詞でも、完全に分解するとそうなります。ただし、受ける側からすると、収まりの範囲を示す分布図のようなものがあり、収まりの範囲から微妙にズレているところを感じて、「この人は本気だ」とか感じるのでしょう。それは計算して出る答えではなく、どこで微妙にズレたと思うのか数値化はできないわけですが。
このイベントのために鷲田清一さんの『モードの迷宮』(1989年、中央公論社→ちくま学芸文庫)をきちんと読んでみたのですが、鷲田さんが論じているのは、まさにそういうことです。みんなファッションで微妙にズレたいと思っていて、微妙にズレたつもりになっているけれど、同じような人ばかりで、興覚めする。人は自分独自を求めている。だけど大抵の場合、みんな同じような方向に独自性を求めるので、ズレようとしても結果的に同じところに行ってしまう。

 

信國 人と違うということと、人と同じということはアンビバレンツなものです。人と違うようになりたいけれど、まったく異なると、そこには共通の言語がなくなり、誰からも認められない。世間とは違うあるグループがあった時、そのグループと一緒になりたい、ということだと思います。人と違くなりたい、だから世間とは異なるそのグループの人たちと一緒になりたいという、ファッションではアンビバレントな欲求が同居していますね。

 

米原 僕がやっていたコギャルの雑誌でも、彼女たちは、「人と違くなりたい」「今までの自分を変えたい」ということで始めるんです。でもその子たちがメインになると、人と違う恰好が人と同じになる。「人と違うようになりたい」という気持ちの子たちが同じ格好をしてメジャーになっていくから。そういうことだよね?

 

信國 はい、そうですね。

 

――不思議ちゃんがたくさんいると、もはや不思議ではなく普通になってしまうわけですね。

 

信國 ただし、そこにも層があります。最初にそこに行き着いた人たちと、途中から入った人たち、つまりマイノリティだけどメジャーになりかけているところに飛び付く人たち。後者は、どちらかと言うと、他と違うというよりも、その”メジャーなりかけ”と一緒になりたい人たちですよね。そういうピラミッド的なものがあると思います。直近のメンズ・ファッションでは、男性が床屋へ行く動きが目立っていました。刈り込んで髪を分けるスタイルがすごく流行っていたんです。実は僕もやっていたんですが。あるファッション評論家が、最初に始めた人と後から飛び付いてきた人とのボーダーがもはや分からない、と言っていました。僕はそこにまとめられるのが嫌になって髪を伸ばしたんです(笑)。

 

――その話とデザイナーからテーラーに転身されたのには、関係がありそうですが?

 

信國 テーラーになったのは、追いかけっこのゲームを棄ててしまいたいという気持ちからです。

 

菩提寺 昔、まだあまり日本で紹介されていない時に、ヨーロッパのビスポーク靴職人の人達と懇意になったことがあって、それでセレクトショップのパーティーなどに行くと、どこでも「何年何月に彼と出会ったのか」と事細かに聞かれる。こちらはたいして気にもかけていなかった事なので当時は不思議な感じがしましたが、今の信國さんのお話を聞いて納得できました。
今、信國さんは高級ビスポークテーラーとして主にスーツをつくられています。男性の古典的な服では昔からの流れが重視されるところがあります。スーツはフロックコートから展開したという話を僕は読んだことがあります。ロラン・バルトは、クエーカー教徒の服からスーツが発生したと言っていますね。質素な色や作りにイギリス的な思想が重なり、それがフランスに飛び火したという話で。わざと地味に抑えながら、でも差異を見せる。そこからダンディズムが始まったと。ダンディズムの言葉の定義については、いろいろな説が唱えられていて非常に複雑です。かっちりしていると言えるけれど、ある意味だらっとしていたり、はずすところもある。相反するものが同時にあることなど。仲正先生が専門とされているポストモダン的な要素もあるように思います。特権階級の最上位と言われている人の真似をするかというと、そうとは限らない。例えばボー・ブランメルのような、それほど上の階層ではない芸術家でもない人がスターになったりもする。リットン調査団のリットン卿の祖父エドワード・ブルワー・リットンが小説の中でダンディのマニュアルのようなものを書き、それをみんなが真似し、それを馬鹿にする人もいてとか。古典的な箴言集、マニュアル本にもブルジョワ階級に対して振る舞い方や服装についてあれこれ書いてあるのがありますね。 フローベールの紋切型辞典とかそれを揶揄している側もスノッブだったりして。

 

信國 タキシードが最も分かりやすいです。最初は民主的なものとして作られました。当時としてはカジュアルなものだったんです。それが今やクラシックと言われている。僕も今、なるべく流行を離れてクラシックなことをやりたいと思っています。とても悩ましいのは、クラシックなものを作ると「変わってますね」と言われることです。「アバンギャルドな感じがする、やっぱり信國さん、変わってるわ」みたいな(笑)。

 

菩提寺 前回仲正先生がファッションについて、周期的な変化が見られるというお話をされました。まずは古典に戻り、古典のネタが尽きてくるとエキゾチズムに行くと。ロラン・バルトには『モードの体系』という著作があり、ファッション関係者たちとも対談しています。構造主義者であり記号学に関心がある彼は、モードとは最終的には長い周期で周っているだけだと言っていますが、一方でモードの面白さを彼なりの文章でポストモダン的に表現していました。

 

仲正 「モード」と言う時、定義によるけれど、バルトやベンヤミンが「モード」と呼ぶ現象は19歳世紀以降のものです。

 

信國 大量生産以降ですね。

 

仲正 そうです。ダンディというものが厳密な意味で成立するのは、19世紀的な現象だと思います。周期があるのだけれど、大量に流行った時に微妙にズレて「これは自分オリジナルだ」と表現できる期間がある程度あると、大勢の流行に抵抗できる。モードが出始めた時期はそれが可能でしたが、今はサイクルが早くなり過ぎていますね。これも鷲田さんの受売りですが、今我々の言う「モード」とは、初夏秋冬というように周期的に入れ替わっているものを指していますが、近代以前の世界では、そういう波のようなものはあったのかも知れませんが、早いサイクルではなかった。これほど早く決まった周期でぐるっと回って来るようなモードは、極めて現代的な現象だと思います。しかも周期がだんだん早くなっているので、先ほどから出ているような話になる。少し前までであれば、多少時間差があり、「そう簡単には真似できないだろう」というものがある程度成立していた。でも今、みんなが同じ方向で情報を集め始めるので、自分だけでやっているつもりでも、人のやっていることがついつい情報として入ってきている。だから知らない間に似てしまう。そういう事態が今起こっているのではないかと思います。だからオリジナリティというものが揺れている。本当に自分で思い付いたものなのか、もはや分からない。オリンピック・ロゴマークの盗作騒ぎにしても、そういうものかも知れませんね。本人ではないから分かりませんが。情報収集している間に、知らず知らずに自分のものとしてしまっている。そのようなことがものすごく高速度で起こっています。

 

信國 マルコム・マクラーレンも、セント・マーチンズに来た時にはっきりとそう言っていました。僕も身をもって体験してます。彼がヒップホップを発見した時は、サウス・ブロンクスで逆立ちになって頭でクルクル回ったり、レコードこすったりしている、けったいなことをしている子たちがいると聞いて行ってみたんです。それでああいう子たちを見つけて紹介したわけですが、あっという間に広まりました。また、ヴィヴィアン・ウエストウッドがデザイナーとしてパリコレでショーを開いた時、ある種革命を起こすような気持ちで手伝おうと思いました。日本は曖昧な人種ですが、彼女も、マルコムにしても非常にソリッドです。彼らがああいう斬新なことをした時、「『VOGUE』を潰すぞ!」くらいな気持ちで、本当にファッションと闘う意識でやっていました。ですが、穴の開いたセーターなどを出してパリコレでショーをやったものの、次の週の『VOGUE』はそれを表紙にしていたんです。その時にマルコムは負けたと思ったそうです。彼が言うには、ゲームには絶対に敵が必要。では最後に残るファッションの敵とは何かと考えると、メディアしかない。それで『VOGUE』を潰すという気概で挑んだわけです。

 

菩提寺 シチュアシオニスト的ですね。

 

信國 そうですね。

 

米原 僕はティーンエイジャーに人気の洋服屋さんの〈WEGO〉と仕事しているんだけれど、今は売れ線が一切ないんだって。小さい枠はいくつか出来るけれど、それが大きくならないうちに消滅していく。昔なら「今90年代が流行ってます」みたいなことがあったけれど、今はいつの時代の服を出したらいいのか分からない、と言っていました。ついこの間まで80年代が流行っていて、それまでは十年くらいのスタンスだったけれど今は2、3年で移動してしまう。多分、今の若い子たちからすると、80年代も90年代もゼロ年代も一緒くたにしか見えないんだと思う。今やっているように年代論を論じるのは、その年代を知っている我々くらい。「このオジサンたち何を言っているんだろう」というのが今の普通の若い子たちの感想だと思いますね。

 

信國 80’sのリバイバルは、感じとしてはなんとなく分かったんです。懐かしいのもあり、今の感じでいいな、とも。でも90’sのリバイバルに関しては、「そんなに楽しい時代だったかい?」という気がしましたね。

 

菩提寺 その流行のはやさは、別の所で米原さんから伺ったトラップにも関係するのでしょうか。

 

米原 ヒップホップは黒人好きがやり出したから、「黒人じゃないとヒップホップじゃない」という感じがあったけれど、トラップはあっと言う間に全世界に飛び火したんです。ロシアにもいるわ、中国にもいるわ、というように同時多発的。パンクが流行った時に、みんながみんな3コードでやり出したみたいな感じ。同じ機材を使っていることもあるけれどね。
ちょっとYouTubeで音を聞いてみましょうか。中国のクリス・ウーがいいかもしれない。クリス・ウーは元々〈EXO〉という韓国のグループの元メンバーでした。EXOは、タイプとしてはジャニーズ的だけれど、韓国語と中国語で展開するのに別々のメンバー構成をとるんです。中国と韓国の仲が悪くなった時に中国のメンバーが独立したんですが、その3人が今中国のトップアイドルなんです。

 

(映像鑑賞)
Kris Wu – Deserve ft. Travis Scott (Official Music Video)
https://www.youtube.com/watch?v=pCdWnY4Dn2w&index=2&list=RDN1HAMUAXzbs

 

米原 僕がびっくりしたのは、ジャニーズ系のアイドルのようでもあるクリス・ウーがこのような世界に通じる音作りをやっていること。今は彼が中国のメディアを席捲しています。

 

信國 ラップみたいですね。

 

菩提寺 ラップの中の1ジャンルですよね。

 

米原 なんだけど、このトラップだけが突然肥大して、ヒップホップを知らない人も入ってるんです。

 

仲正 電子音の通奏低音がずっと響いているところがポイントなんだと思います。ラップはリズムに合わせて動きも激しくなるけれど、トラップにははっきりした通奏低音があるから、例えばダンスする時、この通奏低音に合わせてゆっくりな動きができる。ラップだと、こんな感じでもっと激しい動きになる。
(仲正氏、立ち上がって実演)
でもトラップだとこんな感じでゆっくりと動ける。歌っている彼(クリス・ウー)自身もこの程度(手でゆっくりリズムをとる)の動きしかしていないし。他の人が一緒に踊ろうと思えばわりと入っていきやすいと思う。ラップのような激しい動きをしていたら、喧嘩のような感じで入っていくか、完璧に合わせるかしか無理だと思うけれど。これは同じようなメロディが通奏低音に載って続いているから入っていきやすいでしょうね。

 

米原 トラップにはバトルがないんです。

 

菩提寺 コンペティションがないということですね。

 

米原 元々は、歌とかダンスを全面に出してたんですけどね。

 

仲正 あと、彼の動きが典型的だけど、この辺だけで(顔の周囲くらい)手を動かしているでしょ。ハードルが高い動きじゃないですよね。

 

信國 パラパラにも通じそうですね(笑)。

 

仲正 そう、パラパラもそうですが、手の動きが大きいと身体能力が問われるし、練習しないと無理でしょう。このくらいならその場で真似できそうな気がする。

 

――私は個人的にラップは音楽として聴けなくて、「~だぜ、イェイ!」みたいに喧嘩ごしだったりするところが苦手です。

 

仲正 人間は攻撃性を出そうと思ったら、手を突き出すとか、突き上げて激しく動かすでしょうね。そうすると攻撃や支配の感じが出るけれど、これは手を伸ばす動きがほとんどない。ちなみに、顔の近くに手を持ってくるのは、赤ちゃんに話しかける時の仕草なんです。最近、気が付いたけれど、幼児向けのテレビ番組を観ていると、出演者が口の近くに持ってきていることが多いんです。

 

――先生、いろいろなものをご覧になりますね。

 

菩提寺 日本のトラップも観てみますか?

 

信國太志×米原康正×仲正昌樹×菩提寺伸人(菩提寺光世 司会)|2018.06.20

2018.6.20 投稿|