根本敬×仲正昌樹×菩提寺伸人トークイベント第一弾

投稿日:2019年02月23日

cameraworks by Takewaki

司会:では始めさせていただきます。よろしくお願いいたします。このイベントは、80年代を考えようということで全く異なるジャンルで活躍しているゲストを招き、一年前からスタート致しました。ひとつひとつの現象として、脈絡なく語られる80年代はありますが、思想的な背景やつながりも含めて、深く掘っていき、違う何かが見えたら面白い。ということで、出会うことがなかった人々、接点がなかった人々の組み合せでお声掛けしたわけです。この度は根本敬さんをお招き致しました。前回までの話をざっくりしますと、結局80年代は、思想においてもアイデンティティにおいても、ゆらぎみたいなものを見せ始めたのではないかということでした。現場の実際を話し合い、それが今とどうつながるのかという話をしてきました。

この度お招きした根本敬さんは80年代のカルチャーを牽引した人物であることは確かだと思います。なぜかと言えば、彼やその作品が単純な枠に収まりきらないからです。どういうことかというと、ベ平連や学生運動が捲き起った60、70年代前半から続く時代は、例えば、軍国主義と民主主義、共産主義と資本主義、そのような二項対立的なもので線引きができなくなってきたのではないでしょうか?

例えば、身体と非身体、実践と観照、ファインアートやメインカルチャーとサブカルチャー、またはカウンターカルチャー、芸術と商業芸術だとか、そういう線引きはもはやできないだろうと今までのトークの中で話されてきました。

そこで前半は、根本敬さんがどう現われてきたかを話し合うために、まず、『ガロ』創刊の背景から話し合いたく思います。80年代、なぜ根本敬だったのかを捉えられればと思います。後半は、根本さんの作品について話したく思います。私自身、漫画について素人ですので、四方田犬彦氏と中条省平氏が編纂されている書籍の三巻目『1968[3]漫画』(筑摩選書)の年表などを参考にさせていただきます。では、まず始めに『ガロ』のことをお伺いしようと思います。『ガロ』は1964年に創刊されていますが、どういう時代の中でどのように出てきたのかを考えてたく思いますが、よろしいですか?

 

菩提寺:あと付け加えてさせていただきます。NHKの『ニッポン戦後サブカルチャー史 深堀り進化論』という書籍、元はテレビ番組からですが、そこで都築響一さんが書かれてることも面白く、根本さんにも言及されておりそれをもとに展開していければと思います。そこには年表があり、年表自体に都築さんのお考えが表現されているのではないかと思います。

 

司会:『ガロ』が出てきた背景と、その時の時代、50年代後半から60年にかけて思想的にどういうことが日本で起こったのか、日本の思想史、どういう時代だったのかっていうのを。仲正先生から簡単にお願いします。

 

仲正:1964年って言うと、私が言うことでもないと思うんですけれど、安保闘争のちょっと後っていう感覚だと思うんですよね。思想史で言うと、丸山真男の『日本の思想』(1961)が出て三年後ですね。あの頃もうすでに吉本隆明が活躍し始めてんだけど、彼が決定的に有名になるのは1960年代の後半、全共闘の前後ぐらいだと思います。それまでは、丸山真男に代表されるような、アメリカをモデルにしながら近代化を進めていくという発想が、いわゆる進歩思想的なものが左派の間でも強くて、共産党もそれにある程度同調していたけれど、それと違う流れ、吉本隆明に象徴されるような、近代化を批判し、近代化から取り残されるもの、あるいは近代化の枠からはみ出るようなものを評価する思想の傾向が台頭してくる、境目の時期なのではないかと思います。青林堂から出てる、『ガロ』関連の評論集『ガロの世界』をコピーしてきました。1967年に出てるから、『ガロ』が出来てから3年後ということになります。結構有名な人たちが書いているのですが、当時の知識人たちの受け止め方がよく分かります。今読むとなんか笑っちゃうようなことが書かれていますね。最初に、鶴見俊輔が出てきます。鶴見俊輔って丸山と並ぶ近代化推進、市民社会重視の代表的な思想家として知られている人で、アメリカ寄りのリベラルで、戦後の日本にプラグマティズムを本格的に紹介した人です。長くなりますが、読みますね。

「十四、五年前、国民的科学の創造というスローガンが、民主主義科学者協会でとなえられていた頃、若い学者の多くが民衆の眼から見た歴史を紙芝居で表現することを試みた。いま三十代後半から四十代前半くらいの年齢にわたる若い学者たちで、そのころ紙芝居をつくったり、紙芝居をもって説明してまわったりしたことのある人は多い。いまでは非常に専門的な学術用語にたよって論文を書いているその人たちにとっても、紙芝居の体験はかたちをかえて生きているのかもしれない。しかし時代はかわって、紙芝居と日本の学問とのつながりは見失われた。/紙芝居という大衆芸術のかたちそのものがすでに滅びてしまった。その最後の日日は、加太こうじの『街の自叙伝』にえがかれている。/『ガロ』(青林堂刊)という月刊漫画雑誌をよんで、私はここに予期しないしかたで民主主義科学者協会のつくりだした歴史のとらえかたが生きていることを感じた。道ばたの芸術としてはすでにほろびてしまった紙芝居の作劇術が、姿をかえて、その漫画雑誌の中に生き返っている。/物語漫画というのは、十九世紀末にアメリカではじまった漫画の様式で、これは日刊新聞に発表されるために、軽快なテンポと簡潔な表現を特徴とした。また、新聞の毎日の紙面とのつりあいも考えて、時事性がもり込まれた」。

こういう感じで続きます。言いたいことは大体想像つきますよね。要するに、文化を民主化するっていう試みの中心が紙芝居から漫画の中に移ったということです。漫画は民主化のためのツールだって捉えているわけでね。今こんなこと言ったら、ほんとにもう笑ってしまうんだけど、この時代の知識人にとっては真面目な話だったのでしょう。鶴見さんの文章の、『カムイ伝』に関する記述を読んでおきましょう。

「新聞連載漫画が、『フクチャン』にしても『サザエさん』にしてもはっきりと喜劇として割りきれているのに対し、紙芝居ふうの漫画は、例えば『カムイ伝』のように喜劇とも悲劇ともわかちがたく、喜劇的なものをふくめた大悲劇として、おもくるしくにごって、流れてゆく。この点で新聞の中のいこいの一スペースとして、期待どおりの笑いだけを供給する連載漫画とちがって、喜怒哀楽のあらゆる機能をそなえた全体芸術としての役割をになっている。/国民の科学の運動は、『山城の国一揆』、『祇園祭』、『母の歴史』のようなすぐれた紙芝居を生み出した。『母の歴史』の場合、これは長い巻物のようなかたちになっていたと思うが、ひとりの架空の母親の眼をとおして同時代史がえがかれているというかたちになっていた。『ガロ』に連載されている白土三平の『カムイ伝』はそれらの延長線上にある作品であり、広い意味で石母田正の『歴史と民族の発見』の影響のもとにある」。

どういう方向にもって行きたいか、はっきり分かりますね。もうちょっと読みます。

「この物語は、民主主義科学者協会と同じように、唯物史観を支えとしており、歴史を、階級闘争を通して無階級社会にいたる道と考えている。同時に、この作者は、かつての民科の歴史学者のように偏狭ではなく、マルクス主義歴史観以外から、例えば、今西錦司の生態学を大いにとりいれて、歴史記述をゆたかにしている。住みわけ理論という言葉などが見られ、それについての説明がついたりしている。大学生が漫画をよむということは、ちかごろでは新聞や週刊誌でも問題にされているが、大学生の教養が非常に低下していることと考えあわせれば、この白土三平の漫画をよみこなすことができる大学生ならば、今の大学生としては教養ゆたかな部類に属すると思う」。

唯物史観的な教養を更に進化させたものとして捉えてるんですよね。これ、おそらく、当時の普通のカムイ・ファンの学生にとっても、カムイ・ファンの集いのような場で、鶴見さんのこの文章をいきなり読み上げられたら、ちょっと違うだろうって、言いそうな気がします。他の記事による記事、例えば、『ゲゲゲの鬼太郎』に関する評論も、同じようなハイブラウな雰囲気で書かれている。反体制、唯物史観、民衆の中の抑圧された声…そういうものが『ガロ』の漫画の中から立ち上がってくる。作家さんや編集してる人たちの思惑とけっこうこれずれてそうな気がしますが、文化人・教養人の間ではこういう受け止められ方したんだろうなあ、あるいは、こういう風に正当化したかったんだろうっていうのが、こういう文章に典型的に出てるように思います。

 

司会:今お話しされた文章の後半に、『ガロ』11月号に読者から投稿された手紙が紹介されています。『カムイ伝』に関してですが、「白土三平氏の漫画は、私の問題意識に極めて鋭く迫るように思われ、まったく全神経を緊張させて読ませていただいております」これはある大学生からの手紙です。投稿者は、おそらく当時京大の大学生だった竹本信弘さんだと思われます。『ガロ』が創刊されて、その頃の時代までは、当時のマルクス主義だとか思想と深く結びついた文化として、実践っていう言い方おかしいかもしれませんが、漫画という表現に思想を表わしていたところがあったのだと思います。大学生や知識人たちがおそらく『ガロ』という漫画を支えた層であったのでは、と私は想像したわけです。

 

菩提寺:僕は漫画に明るくないですが、前出の筑摩書房から出た四方田さんと中条さんの著作を読んで学んだところでは、その漫画自体をすべてみたわけではないのですが、60年代後半から70年代前半に『ガロ』に掲載されていた漫画のなかで、一方で全共闘運動にちょっとシニックな感じ、批判的な感じでセクト間の争いなどを批判するような作品が既にあったという文章をみました。流れとしては、当時の全共闘とか左翼的運動の文脈の中にあったかもしれないけど、漫画という媒体自体がそういう力を持っているのか、または芸術に近いとか、絵で表現されるものの要素が強かったりするので、感覚的に活字媒体とは別のノイズやいろいろな要素が混交することによって、そういう部分を持つことができたのではないかという感じがして興味を持ったのですが、実際にそのような面はあったのでしょうか?

 

司会:今日、この会場に、青林工藝社の手塚能理子さんと高市真紀さんをお招きしています。以前の青林堂で編集者としてご活躍されていましたが、当時の青林堂、『ガロ』は、体制に対抗するような、どちらかというと左派の学生の表現の場としての漫画の提供みたいなものを意識していたかご存知でしょうか。

 

手塚:私が入社したのは79年なんですね。それ以前の69年代と70年代にかけての話を聞くと、当時は学生運動が盛んになってて、公安に追われた人が時々青林堂に逃げ込んでたって話は聞きました。そういう学生に読まれてたっていうのも聞きましたし、『ガロ』を作ったのは白土先生ですし、『ガロ』と命名したのも白土先生ですね。最初の頃は、赤目プロいう名前が入ってると思うのですけれども、編集は赤目プロがやってたんですけれども、白土先生自身も共産党員であったっていうこともあるし、学生に支持されていたっていうのは間違いないと思います。今いろんな漫画がありますけども、当時はほんとに新しかったんだと思います。ガロは。だから、みなさん、たぶん読者の方も、びっくりしたんじゃないかと思うんです。だから、そういう学生たちによってものすごく読まれたということはずいぶん話は聞かされました。

 

司会:学生運動はセクトに分かれて、それぞれの闘争があったと思いますが、そういうセクショナリズムというか、セクトからはちょっと離れたところから傍観する感じだった。『ガロ』はそういう立ち位置だったという話ですか?

 

菩提寺:その時代の全共闘的な流れみたいなものに対して、それを一方的になんでも支持するという感じで描くのではなく、一歩距離を置いて批判する精神も持っていたのではないかという、『ガロ』自体にそういう漫画を受け入れる多様性があったということでしょうか。

 

手塚:批判する精神もそうですが、漫画に対しては常に新しいものっていうのを、というのがあったと思うんですね。だから、『カムイ伝』あれば、一方で『墓場鬼太郎』が出てくる。それからも一つ大きいのは、林静一先生がアニメーション界から漫画の世界に入ってくる。これもかなり大きかったんだと思うんです。林さんの場合は学生運動とかってあんまり関係ないところから入って来てますから。そういう流れが一方であったっていうのも事実なんですね。『ガロ』の編集部ってピリピリしてるなあって思われそうなんですけども、わりとおおらかなんですよ。

 

司会:編集の場が。

 

手塚:そうですね。長井勝一さんっていう初代の社長さんがそういう人で、もともとは、山師って言われてた人ですから、いろんな商売やって、それで白土さんと出会って、その前に貸本屋やってたんですけれども、白土さんと出会って『ガロ』を一緒に創刊するわけです。長井さんは人に対してもいつもおおらかっていう立場だったので、何かに対して敵視するとか批判するっていうのは、あんまりなかったと思います。

 

司会:なにか批判精神に基づいて、逃げこんでくる学生運動家や、公安に追われる人たちを受け入れるというわけではなく、追われて逃げてきているから、どうぞどうぞ、いらっしゃいみたいな。

 

手塚:そんな感じですね。

 

菩提寺:寛容ということですね。特徴として。

 

手塚:長井さんなんかはちょっとおもしろがってたところがあるのかな。

 

司会:なんか駆け込み寺みたいですね。

 

手塚:だから、居心地のいい編集部でした。

 

司会:なるほど。

 

菩提寺:どうしてこういう長い前置きをしたかと言うと、根本さんが81年に『ガロ』でデビュー。その前に自販機本などで描かれていたということですが、僕自身もガロで根本作品を初めてみて衝撃を受けた。どうして自分が『ガロ』を読んだか、あんまり漫画読むほうではないので記憶にはないのですが、『ガロ』というと長井さん時代の『カムイ伝』とか、そういうイメージだったので。この時代、時期にどうして根本さんがガロ誌上に現れたのか、採用されたのかという事に興味がありました。その流れの詳細を現場の方から聞いてみたいと思っていました。今、手塚さんからお話をいただいて、編集部には、なんとなく寛容な雰囲気が実はあって、とりあえず受け入れるというようなほど好い感じがあったということで、一つ答えをいただいた感じがしたのですが。根本さんがそもそも、『ガロ』にどうしても載りたいということでアクションされた理由というのはなんだったのですか?

 

根本:寛容さですね。『ガロ』だったら自分の居場所が見つかると思って。

 

菩提寺:根本さんの作品を受け入れてもらえるだろうと。

 

根本:自分の作品をっていうか。受け入れてもらえるような作品のスタイルはいくつか選択肢が、蛭子能収(ヒルコノシュー)風とか川崎ゆきお風とかでも既にあって、これならいけるだろうと決定的に思ったのが、それが、『ペンギンごはん』(*糸井重里原作、湯村輝彦作画 76年から『ガロ』に連載)だったんです。

 

菩提寺:あれは75年ですか。

根本:76年ですね。

 

菩提寺:『ペンギンごはん』を『ガロ』でみていて、その流れからいけるのではないかと考えてということですか。

 

根本:ええ。

 

仲正:最初の問題設定が深刻っぽくなりすぎているんじゃないかな。私は『ガロ』をそんなに知らないけど、掲載されている作品や雑誌の作りを見ると、直感的に、寛容な漫画雑誌だなと感じました。実際問題として、共産党だからとか、全共闘だからって、作品を選択してたら続いてなかったと思う。漫画雑誌としてありえないでしょう。

 

司会:鶴見さんの文章から、そのような捉え方の読者も60年代の全共闘までは、いたのではないでしょうか。竹本さんが投稿された手紙からも、真剣さは伝わります。まるで民主主義科学者協会が試みた啓蒙媒体としての紙芝居に代わるような。当時の、民主主義科学者協会っていうは、共産党と関係している数学者や科学者たちによって設立した協会だと思うのですが。

 

仲正:左翼の人が期待するのと、編集人がやってるのって、それ絶対ずれてるはずなんですよ。そんな左翼の知識人の期待通りにやってたら、無茶苦茶つまらない漫画しか、載ってなかったと思います。参考のために、権藤晋さんって、比較的初期にガロの編集者をされてた人が、『ガロを築いた人々』(ほるぷ出版、1993年)っていう著作で書かれていることを読み上げてみます。『ガロ』で作品を発表したいろんな作家さんのことを順々に紹介されて、終わりの方に自分が編集者としてこういうスタンスだったっていうことを書かれてるんです。

「私が『ガロ』の編集部に在籍した四年と少しの間、『ガロ』誌上に作品を発表しつづけた作家たちを、陰になり日向になって応援をおしまなかったのが評論家の石子順造さんだった。石子さんの知遇を得たのは、一九六四年頃、私が、小さな新聞社に勤めているときだった」。ここは書き出しだから、まあいいんですけど、この石子さんとの初対面について微妙な書き方をしています。「新宿歌舞伎町のコマ劇場の裏に「蘭」という名の喫茶店があった。戦前からあったらしく、いわゆる“進歩的文化人”がよく顔を見せていた。石子さんは、席につくなり、「どうしてぼくのことを知っているんだ」、と詰問口調で言った。(…)声自体もダミ声に近いちょっとスゴミのあるものだったが、次々と質問してきた。まるで、敵か味方かを識別するかのように…」。“進歩的文化人”にカッコを付けているし、石子さんのいかにもそれらしい物腰にちょっと距離を取っている感じの書き方をしている。それから、元は資産家で、戦前大臣まで務めたリベラリストの御曹司だとか、共産党系の学生運動に参加し、実家から絶縁されたとか、石子さんのいかにもありそうな、左翼エピソードが続きます。

この方は1966年9月に青林社に入社したということですが、1968年にあるマンガ家から銀座のデパートの地下の喫茶店に呼び出されて、『ガロ』は佐々木マキ、林静一やつげ義春の「ねじ式」などの何が何だか分からない、ごく一部の読者にしか理解できない作品ばかりのせている、「マンガはもっと開かれてあるべきもので、楽しいもの、心あたたまる内容でなくてはいけない」と説教された、ということです。政治的な路線とは別に、徹底的にとんがった漫画か、カムイや鬼太郎のように、一般ウケするものがいいのかって、意見の対立もあったということですね。書き方からすると、権藤さん自身は、一般ウケしない尖がった作品だと分かって載せているんだけど、それを本人もある程度疑問に思っている感じがありますね。

更に、「青林堂のマスコット嬢」という女性も登場する。そういう感じの職場だったんでしょうね。左翼の人が、「マスコット嬢」という言葉を使うとしたら、ヘンですね。たぶん、この人には、左翼の人と付き合って、左翼的なスタンスを見せてる面と、こういう軽い感じで編集部の中で振る舞ってたところと、両面あるんでしょう。それが普通だと思いますが。

それから新宿放火事件に巻き込まれたI君という人についてこういう記述があります。「同僚のI君もTさんに負けないほどの正義感の強い少年だった。ただ、I君の素朴な正義感は、石子さんや山根さんからよくからかわれたりもした。私も、『おっ、アメリカ帝国主義を攻撃しておいて、コーラなんか飲んでいいのかなあ』などと冗談を飛ばした」――今から見ると、こういう冗談あまりにもベタで笑ってしまいますね。「I君は、『大人って素直じゃないんですね。斜に構えてカッコつけたりするんだから』とムキになって反論していた。/I君の本心はプロの劇画家になることだった。それまでの間、青林堂に勤めながら、技術の勉強に励もうということだった。だが、時代が時代である。正義感の強いI君にとって、社会の動きが気になった…」。そして、一九六九年のメーデーでは、I君と一緒に“青林堂労働組合旗”なるものを作って、代々木公園のデモに参加した話が出て来ます。左翼運動みたいなものに関わりながら、完全にマジになっているわけではなく、そういう自分たちの行動を距離を置いて眺め、茶化している感じです。

まじめな調子で、あなたこれどういうイデオロギーでこの作品を書いたんですかっていちいち追求するような編集者がいたら、漫画家の人たちもそんなに寄ってこれないと思う。編集部が緩いスタンスだから、いろんな思想的な背景や、美的センスを持った漫画人が集まってきたのだと思います。その時々で、集まって来る人に一定の傾向があったのでしょう。

後、『ガロ』とほぼ同時期に『サンデー』だとか『ジャンプ』だとか、今の大手漫画の雑誌の多くが創刊されています。終戦直後から続く大手の漫画雑誌もかなりあったようです。『ガロ』の特徴として、小出版社のままということが言えると思います。

 

司会:大きくなってない。

 

仲正:大きくなってない。長いこと続いてんだけど、大きくなってない。これ重要だと思う。大きくなってたら、ぜんぜん話が違ってたと思う。

 

司会:大きくなるとそれだけお金もかかるから、商業ベースに乗っていかないと存続ができなくなる。

 

仲正:絶妙な規模で続いたんじゃないかと思うんですよね。

 

菩提寺:経済的なものが変わると、読者層も変化してしまうということですね。

 

仲正:全然売れなかったら潰れちゃうでしょう。大手にならないでも、喰っていけることが非常に重要だったと思います。

 

司会:重要であるし、難しいですよね。

 

菩提寺:今の「マスコット嬢」の話は1回目の米原さんのデモの「スケスケ賛成」の話に似ていませんか。僕が根本さんを読んでいた時は、毎回真面目に真剣に読んでいました。最初読んで衝撃を受けて、次にどうくるかと興味を持って、わくわくしながら読んでいました。毎月どんどん激しくなっていった。一時、『天然』でちょっと方向が変わったかなとも思ったのですが、その後も次から次へと激しくなっていった。真面目に読めたということは、予定調和と暗黙の了解から成立する左翼的な文脈よりも真剣に読める内容、アクチュアリティーがある内容をそこに感じたからです。そこには穏やかな甘いエッチな話や村社会のなかでの猥談などの余計な要素は全くなかった。ある意味で硬く冷たい内容でした。81年デビューですが、先日根本さんが、『祭りの準備』というATG映画から非常に影響を受けられたということを伺いました。先ほど『ペンギンごはん』は76年ということでしたが、これは75年位の作品ですよね。70年代初めに『八月の濡れた砂』という藤田敏八,大和屋他が制作した映画がありましたが、それは全共闘以降の雰囲気を持った、表現した映画だとよく言われているけれども、原作云々ではなく『祭りの準備』もその流れの作品だと思いました。きれいごとを批判するような。今村昌平、浦山桐郎の『にあんちゃん』と比較してそう思いました。これも好きな映画ではありますが。

 

司会:『にあんちゃん』(59年)は徴用工として炭坑で働いていた両親を亡くした幼い在日コリアンの兄妹が懸命に生きる話で、彼らを吉行和子演じるインテリ左翼が適切に支える。浦山桐郎の監督デビュー作『キューポラのある街』(62年)に通じる色調の濃い作品ですね。それに対して『祭りの準備』(75年)や『八月の濡れた砂』(71年)は退廃的な諦めというか。

『にあんちゃん』(原作安本末子)の話と、『祭りの準備』(脚本中島丈博)の話は、ほぼ同時代の話です。にもかかわらず、そこには大きな隔たりがあるような気がします。

映画公開は、全共闘の前と後です。時代の空気が反映されているのでしょうか。

それは、しらけたっていう感じでしょうか。

 

菩提寺:浅田さんの言う「シラけつつノル」や日本のポストモダンの受容、それよりももうちょっと前の時代。パンクロック以前の時代、70年代の香りがするんですよ。おそらくその時代の影響を根本さんも僕も受けていて、それで根本さんの80年代につながってきて、『ガロ』自体もそれを受け入れるような土壌を持っていて、既存の読者がいて、さらに新たな読者層がつくられていった。それで根本さんは、仲正先生のお話にもありましたが、確かにアンダーグラウンドだったかもしれないけれども、僕の周りで「特殊」な音楽を聴いていた人達、あえて例を出せば、当時にピーターアイヴァースとダジマハール旅行団の両方を聴いていた様な人達は根本さんのファンでした。

 

根本:評価高かったんです。

 

菩提寺:当たり前のように皆「今回の根敬良かったね」とか言って、知ってるよねという位の感じ。視聴率の高いTV番組よろしく、もしくは基礎教養のように話していた。僕が根本さんと最初にお会いしたのは、以前の会でも話した『モダ〜ンミュージック』で、80年代初頭に生悦住さんに紹介してもらって、その下にあったお決まりの喫茶店でスパゲティ食べながらお話しました。その時に根本さんがおっしゃったのは、自分の漫画がうけるのは200人位だと考えていると話されて……

 

根本:その後500人にしました。(笑)

 

菩提寺:確かに『豚小屋発犬小屋行き』の後書きで石野卓球さんの話だと500人という話が出ていました。ところで都築さんが「NHKニッポンの戦後サブカルチャー史」に書かれてるヘタうまに関する文章、「ヘタうま アートと初期衝動」に関してなのですが、根本さんのことがかなり述べられています。フランスで2014年にヘタうま展をやった。大規模な展示会でかなり話題になり、評判だったが、ところが日本のメディアでは、それはほとんど取り上げられなくて、日本ではヘタうまの概念自体が正しく理解されてないと……

 

根本:唯一、たった一人だけ自主的に観に行ったっていう「日本人」が確認されたんですよ。……一人だけですね。セット……

 

司会:漫画界の方なんですか?

 

根本:いえ、ファンの方です。

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菩提寺:続けますと、日本では「ヘタうま」は、あまり理解されてなくて、「この言葉を知っている人でも、あくまでも漫画やイラストの界隈の一時的な流行だったように考えている人が多い」と都築さんはいいます。しかし、「フランス人にとって「ヘタうま」が、現在形のポップなアートだと認識されているからこそ」マルセイユで「非常に大規模な展示会」になったと。根本さんが最近も一緒に仕事をされている、青林工藝舎から出た『命名』の表紙デザインなどにも関係されたパキート・ボリノさんの、自分の好きなものだけ集めて、版画工房で作る、作品集に根本作品が入っていると。自分の好きなものとして。それで「日本では多くの人が注目しないものが外国では支持されている。」「アーティストとして」なぜそういう現象があるのかという流れに入ってきた時に、「そもそも現代なんとかとか、現代美術とか現代音楽とか現代文学とか、現代という言葉がつくと途端におかしなことになる」、当代≒現代的でないものが「現代だということにされてしまう」ということを都築さんは、書かれているのですが、根本さんのおっしゃったファン200人というのは、だいたい、現代音楽のコンサートにくる人達が200人位というので、奇しくも同じような人数だなと僕は思った。年表見ながら、この文章全体を読むと、確かに都築さんのおっしゃりたいことはわかるのですが、一見矛盾がある、なんとなくポストモダン的な文章に見えます。文章自体が。部分的には現代音楽、芸術、プログレとかを否定してるけれども、別の部分では、デュシャンとか、現代アートのおもしろい部分を評価されていたりとか、同時には、部分からは全体が成立しないような話がいろいろちりばめているのだけれども、まとめて読むと、なるほどそうですよねというような内容になっていると思います。巧みに作られてるというか。

 

根本:それはTVでやったやつ?

 

司会:本はTVよりうんと短くなってる感じです。

 

菩提寺:TVよりもきれいにまとめられているのではないでしょうか。

 

司会:放送では春画の話とか、ありましたね。

 

菩提寺:TVでは、あと、おもしろい話だけど、昔のヘタうまの例として、商人が道楽で高い画材で下手な人に描かせた絵が江戸時代にあったという話をされていたけれども、本ではそこは省かれています。ちょっとおもしろい表現があって、都築さんの。理解されないものがサブカルと呼ばれるっていうところなのですが、「サブカルチャーっていう言葉が変質してサブカルという言葉が出てきたのは、根本敬さんの漫画であっても本来それを好きな人にとってはべつにサブというわけではないし、実際に彼の漫画を好きな人ってのは非常にたくさんいる。しかし彼のような表現を許容できなくなってしまった人たち、コマーシャル側の人たち、つまりメインカルチャーの人たちが、見たことのない表現だからという理由で、こいつらはサブだということにしてしまった。その言い方は本来サブカルチャーの意味とも違ってるし、ほんとうにマジョリティーに寄り添った表現をしてるのは根本敬の側であることは明らかです」と書いてある。最後のここがおもしろい表現だと僕は思いました。

 

根本:マジョリティー側に。

 

司会:寄り添った。

 

菩提寺:「ほんとうにマジョリティーに寄り添った表現をしてるのは根本敬の側であることは明らかです」これ、なんか、注意して行間を読まないといけない文章かなあと思ったのですけれども。確かに、根本さんの漫画っていうのは、僕からすると、どちらかというと、大衆、大多数の人を……

 

根本:を含めて。

 

菩提寺:逆の意味で、大多数の人たちのイメージを……

 

根本:大多数ね。地道に働いて生活するそういうような人たちですよね。

 

菩提寺:例えば、語弊があるかもしれないけど、いわゆる昔良く言った「中産階級」≒普通≒庶民≒中流≒大多数というのがあるとしたら、そもそも存在するのかとそれに対する批判というか、ちゃかしているような感じもあるのではないかと。

 

根本:それが、70年代半ばまでに『宝島』で、嵐山さんが書かれていた『チューサン階級ノトモ』、あれの影響けっこう大きいんじゃないですかね。自分の場合。

 

菩提寺:それが、ひとつの目標であり、人とはそういうものだという考えがなんとなくあるとしたら、あるいは考えていなくてもそこに馴染まされてしまっているような状況に、そうとは限らないのではないかと、矛盾点を示したり、刺激したり風穴を開けて、仮の、架空の安定を揺さぶるところを根本作品は持っていたのではないのかと感じたんですよ。大雑把に言うと。だから、そういう意味で、先ほどの「マジョリティーに寄り添っている」というのは、そのマジョリティーが中流意識を強く持つ人≒大衆だとすると、ある意味、「寄り添っている」と言えなくもないと思ったのですが、それ、ちょっと考え過ぎですかね。

 

司会:私が読む印象では、寄り添ってはいないのですが。

 

注釈 *『チューサン階級ノトモ』嵐山光三郎著は『宝島』(宝島社 月刊誌)75年8月〜1976年8月号に連載。その前にガロ(編集長南伸坊)で「真実の友社」を結成していた。

自らを「チューサン階級」と位置づけ、「チューサン階級という表現は、もともと中産階級にすぎない愚民どもが」、金はなくとも自分だけの楽しみの世界をつくりあげ、群れない「チューサン階級」に対し悪意をもって蔑称することで、「自らは、中産階級であることから逃げようとしているのだ。」「七十年代にあっては、暴動も革命も暴力団も全共闘も、すべて中産階級のヒマモテアマシ」と嵐山氏は述べている。

続いて出版された『チューサン階級の冒険』(白川書院 1977年)の『労働組合物語』に次のようなエピソードが収録されている。アルバイト先の下着会社で女性下着を横流しし小遣い稼ぎをしていた「久保クン」に促され、一緒に下着をくすねていた著者は、久保クン達から賞与獲得の為の労働組合活動に誘われる。ある日経営者側から商品窃盗の追究を受けると首謀者久保クンから罪の一切を著者は押しつけられた。さらに「久保クンだってずいぶん盗んだじゃないか」の著者の発言に慌てた労組執行部から「警察権力の介入をゆるさないぞ」と騒がれ、著者は「自己批判」を強いられた。久保クンからは「こいつは、きっと会社の犬だ。私を攻撃し、組合を攻撃するためのスパイだ」という内容のビラをばら撒かれる。その結果著者は、始末書を書かされ弁償をし即日クビになった。その後たった「200円の賞与」をもらった「久保クンは、いま、秋田県で高校の国語の先生をしている。」という内容。

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仲正:ちょっと待ってね。この都築さんの文章、はっきり言って、根本さんに対するほめ殺しだと思うよ。このほめ方ないと思うわなっていう。

 

司会:この文章そのものがちょっとポストモダン的っていうか。

 

仲正:ポストモダンっていうより、おフランスです。だって、最初からそうでしょう。フランス人がアートとして評価してんのに、日本じゃ評価されてないってね。そりゃ、日本人は漫画としてみてんだから。ここで、あまり拘るべきことではないけれど、単に価値観の多様性を持ち上げているだけのこの手の文章を、ポストモダン的というのは、雑です。

 

司会:あえてマジョリティーに寄り添ってるなんて言うことが、なんともポストモダン的だと言ったのですが…

 

仲正:菩提寺さんたちも、ちょっと、根本さんの作品ってなんかアートっていうふうに持っていこうとしすぎてないかな。

 

司会:もっていこうとしているわけでなくて、正直なところ私は、根本敬さんの作品がするりと入ってきたかっていうと、そうではなく、読むのにはかなり力が要ったわけです。それはなぜかと言うと、先ほど仲正先生がおっしゃたように、『ガロ』は漫画ですから、おおらかに門戸を開いてるのは当然です。今までの漫画という枠なら、大衆に向け娯楽として提供されるのが一般です。そこに思想があったり、主張があったりと芸術作品として扱うのは違うとおっしゃっているのだと思います。私が、例えば70年か80年代に読んでた『ガロ』は、普通にすらりと読めるものも確かにありました。ますむらひろしさんの『アタゴオル』シリーズなど、そういう類いはするすると読めます。しかし、やはり根本敬さんとなると、私の中ではパワーが必要というか、簡単には読めない。なぜなのかと妙に引っかかり、無視することができない。

 

仲正:「漫画読む」って言う人多いですね。僕はその言い方自体ひっかかります。漫画は読むもんじゃないと思います。

 

司会:見るもの?

 

仲正:見るもの、というか、めくるものだと思います。漫画ってリズムが大事だと思います。物語だけに重点を置いているわけではない。私も、17・8歳の少年が見るような、『ジャンプ』や『マガジン』に載っているようなポップな漫画が好きだから、物語は大事だと感じますが、主として「物語」を追うんだったら小説を読んだ方がいい。ラノベのようなものもあるんだし。

 

司会:物語を追うわけでなくて。例えば映画も、普通にみるものになってしまって、映画は解釈するものでないってことになってしまう。

 

仲正:映画はテンポや映像の作り方で大分違うでしょう。解釈なんか考える余地もなく、どんどん進んでいって、それが快感だというものと、ゆっくり進んでいって、解釈したくなるようなものもある。漫画は、小説と同じようにめくるテンポをある程度コントロールできるけど、解釈しながらゆっくり読んでいたら漫画ではないでしょう。たぶん、菩提寺(司会)さんは漫画って読むもんだって感覚が最初にあるんでしょう?

 

司会:見るものもあるし、読むものもあります。

 

仲正:僕にとって漫画は基本的に見るものです。どんなタイプの漫画でもね。まず、絵を見るわけね。絵の印象と、その変化のテンポの組み合わせが重要です。それで読者を引きつけられないと、物語は機能しない。「読む」って感覚っての人も、いてもいいんだけれど。

 

司会:では、見る感覚で根本敬さんの漫画どう思われますか? 見られますか?

 

仲正:見られますかっていうと、確かに心地よく「見る」というものではないですね。抵抗ありますよ。率直に言って、僕には、ヘタうま系って言われてるものを心地よくずーと見てるって感覚ないです。ただ、私は芸術が娯楽より上だと思っているわけではないですし、根本さんの作品はどちらかと言うと、芸術の要素が強いのは確かだと思います。娯楽と芸術を私なりに強いて区別すると、娯楽っていうのは、ずっと受け身の受容できるもの、自分の平凡な想像力に対する刺激をそのまま素直に受けとめていればいいものだと言えるでしょう。受け身のままでも、ストーリーやイメージがどんどん勝手に展開していくので、楽に見たり聞いたりできる。それに対して芸術では、何か感覚にひっかかって、こりゃなんだっていう違和感が起こってくる。無論、単に下手なせいで違和感が生じる場合もあります。多分、その場合の方が多いでしょう。その違和感が一時的なものじゃなくて、その人の感覚にじわじわと浸透してきて、通常とは違う感覚が芽生えてきたら、それが、アートなんだと思うんですよ。極端なことを言うと、同性の身体には興味がない人に、同性の身体に対する性的欲望を喚起することができれば、それは物凄く高度な芸術だと思います。

 

菩提寺:その話について、自分を当てはめてみると僕にとっての「娯楽」は、「アート」に限りなく近いです。仲正先生の定義だと根本さんは、僕にとってはアーティストということになります。逆に言うと、そのまま予定調和的にだらだら聴いたり、みたりしていられるものは、気持ち悪いんですよ。僕がちょっと変わってるのかもしれないけれど。

 

仲正:わかります。

 

菩提寺:例えば、モーツァルトの器楽曲とかで協和音の連続でだらだら均等に刻んだりされると、気持ち悪くなってきます。いらいらしてくることもある。「穏やかで落ちついた音楽、楽しい音楽、賢くなる音楽」とか、「情操教育に良い」とかいう人もいるけれど気持ち悪くなる。それとは逆に、根本さんの漫画を読むと気持ちよくなる。

 

仲正:気持いいね。わかりますね。そういう人がいるのはわかる。僕はそうじゃないけどわかる。

 

菩提寺:その定義ならアートになるのですが、でも、都築さんが言いたいことは、いろいろなことをポストモダン的に書かれていると僕は思うのですが、なかなか偶然性の問題とか細かい事含めて考え始めると安直に一方向的に話すと言いたい事が通じない、話に矛盾が生じてしまい趣旨が伝わらない、だからわざとこういう書き方をされたのではないかと。例えば、都築さんは海外でのニューペインティング、ストリートアート、グラフティーの潮流と同時期に出現した「ヘタうま」は当時日本でのそれにあたる潮流だったのではないかと述べ、「日本人は美術大に入らないと美術作品作れないと考えているのか。昔ながらのデッサンを勉強させられて、入学したら今度はコンセプトがなんだってさんざん言われて教育されて、芸術家になるけれども、なんで、それで、美大に入らないでサブカルと言われるような活動をしている人をまっとうなやり方をしている人じゃない」っていうふうに言うのかと……

 

仲正:ちょっと、それ、古くない?

 

菩提寺:でも、これは、他にもこれとは矛盾する話が同一の文章にあった上でこれがあるから。当たり前と言えば当たり前だけど、あえて理屈を言えばアート、芸術をやるのに必ずしも美大に行く必要はないという話だと思います。例えばクラシックギター奏者の鈴木大介さんは音大には行っていない。行く必要がなかったから、メリットがなかったからという様な話を本人がされていた記憶があります。この場合のメリットというのは楽壇に入るため、聴取者、特に大衆にプロと認知してもらうためなどが考えられます。

 

仲正:そんなことこだわっている人、今時、そんなにいるかね。菩提寺さんたち、なんか鶴見さんみたいな感覚持ってない?

 

菩提寺:確かに僕が都築さんのこの文章で違うな安易だなと思うのは、「権威化」した「プログレ」の対照として「パンクの精神」という言い方をよくされていて、「権威主義に対抗するもの」がパンクロック。これはわからないでもないけれど、「スリーコードのパンク」こそというような話がよく出てくる。それは違うと思う。理由は「スリーコードのパンク」というのは、スリーコードを覚えて、和声を守ってそれをロックンロール的に演奏しているというだけで、形式を大事にしているとも言えるし、漠然とした大衆のロックのイメージに添うためにスリーコードに頼っているとも言えるから。NO WAVEのDNAみたいに楽器のチューニングもできない、しないで面白い音を出していたパンクは別だけど。そこのメンバーだったアートリンゼイはその後プログレにも分類されるゴールデンパロミノスに参加、そこにはジョンライドンも参加した。その元セックスピストルズのジョンライドンの自伝には彼はアイルランド系で労働者階級でそれでもって9歳から働きはじめて、稼いでカン、ホークウインド、ファウスト、キャプテンビーフハート等(これらはパンクではなくプログレに分類される事が多い)のレコードを週1枚ペースで買って聴いていた。ピストルズ時代に「ゴット セイヴ ザ クイーン」の歌詞がまずいと「保守的な」メンバー達から注意されたり、宗教に関する歌詞の曲に至っては却下されたと書いてありました。この曲は彼の後のバンド「パブリック イメージ リミテッド」で採用された「レリジョン」だと思いますが、PiLのメタルボックス発表当時のライドンのインタビューでも自分は「ストーンズなんかには影響を受けてない。カンやマグマから影響受けた」などと言っていたと記憶しています。まとめるとスリーコードのパンクだから「初期衝動」を表現できるとは限らないし、冷静に考えてみると、レコードの帯表示のように便宜的に分類する以外にプログレッシブロックとパンクロックに分けて考えても仕様がないし、一方で藝術大学へ行かないでアートやっては悪いとか、音楽やっては悪いということもない、アートと漫画を分ける必要もない。聴いたり、みたり、読んだりするこちら側としては、最初からそんな事は全く頓着しないで接している。

理屈を言うとそれが普通で論理的だが、世間や権威主義的な大衆はそうとは限らないということだと思います。

cameraworks by Takewaki

仲正:……。都築さんの文章について特に違和感あるのは、世の中の人にはすごく頭が固くて、こっちはアートで、こっちはサブカルだと決めつけている人、権威がいるって前提の下で、アートとアートじゃないものの区別を脱構築しようとしている自分をアピールしているけれど、ほんとに、そんな人たちいるのっていう疑問を感じます。しかも彼の論説では、最も肝心なことが語られていない。「ヘタうま」って、そもそも何なのか?カルチャー対サブカルチャーみたいな話をずっと続けて、「ヘタうま」がその区別を解体する鍵になるというのだけれど、それでは、「ヘタうま」と呼ばれる作品を特徴付けたことにならない。アート/非アート、カルチャー/サブカルチャーの区別を解体するようなジャンルって、たくさんあるでしょ。その中で、「ヘタうま」というのはどういうものか位置付けないと、意味がない。

そこで、私なりにちょっと考えてみました。「ヘタうま」っていう言い方が、まずいんだと思う。文字通りに取ると、ヘタなのにうまい、という逆説を体現している作品ということになりますが、それって神秘主義的な話でしょう。下手なんじゃなくて、普通のメジャーな漫画からずれた表現をしているということだと思います。メジャーな漫画は、こういうのが美しいん、かっこいいんだ、イケているんだ、っていう典型を作って、ファンにそれを印象付け、その典型をずっと追っていくんだと思う。

 

司会:なんか、お手本っていうか、何かがあるってことですか?

 

仲正:美術だったら、19世紀の後半、マネが出てきたぐらいから、普遍的な美の典型を作り出し、追求し続けることの不可能性が露わになった、ということがよく言われます。こういうのが一番美しい、バランスが取れた描き方だっていうのが、なくなったと。今という時に限定してさえ、どんなのが一番美しい描き方かなんていうことを問うこと自体がもうナンセンスになっています。

だけど、漫画はそうではない。先ほどの、メジャーになる漫画雑誌の経営戦略という話と結びついてくるんだけれど、大商業誌の漫画には、「美しいキャラクター」の造形技術があって、それを中心に編集されていると思います。よく言われるように、漫画のキャラクターって、たとえ美形でも、実際の人間から物凄く乖離している。もし実在するとしたら、気持ち悪い存在ばっかりですよ。美形キャラでも、というより美形キャラこそ気持ち悪い。あんなに目が大きくて、足が細いのは化け物です。だけど、それを美しいと思わせるような技法がある。主人公の目と耳、口をこういう形で、これくらいの距離、サイズで、こういう陰影をつけて、こういう表情をベースにすると美しく見える、というフォーマットがある。少年漫画の場合、それと運動性ですね。こういう風に線を引くと、筋肉がきれいに見えるとか、こういうコマ割りだと動きに躍動感や緊張感が出るとか、相場があるでしょう。読者もそれを何回も見ている内に、それに慣らされ、「リアル」に感じるようになる。特定のルールの下で構築された疑似の美しい世界に、同化されていく。漫画をあまり知らない外国人が、日本の漫画を見ると、異様な人物造形に見える。そもそも、どういう方向に眼を動かしていいか戸惑ってしまう。日本人でも、漫画を見慣れてない人は、どう見たらいいのか分からない。普段、日本の漫画に慣れていると、アメコミの人物描写気持ち悪く感じられるでしょう。同じ『ジャンプ』の漫画でも、ジャンルごとに、美しさとか心地良さの基準が違うので、普段目にしていない漫画の絵は気持ち悪い。私は、『ジョジョの奇妙な冒険』の絵が気持ち悪くてしかたありませんが、あれがかっこいいんだ、というファンは多い。

そういう美しさのルールを作り出し、読者の特定の漫画的造形に対する感性を生み出し、引っ張っていくのが、メジャーな雑誌です。

 

司会:例えば8等身に描くとか、そういうような。

 

仲正:いちいち測定していないけど、純粋な8等身のキャラなんてほとんどでないでしょう。少女漫画なんか、かなり顔をアップで描いているでしょ。

 

司会:美しいとされるモデルみたいなものがあって、そのモデルに合わせて描くということですか。

 

仲正:作者と読者の脳の中にしかないモデルがね。少女漫画って絵画的な観点から見れば、大抵、下手ですよ。概して、身体を特徴付ける線が雑だし、単純。少年漫画の方が、細かく描いていると思います。細かく作りこんで、読者の意識を特定のポイントに誘導し、美しいって思わせるような技法は高いと思います。「ヘタうま」とされてる作品は、そういうラインからはずれて、別の所で勝負しているでしょう。どっちかっていうと、根本さんの絵がその典型ですが、普通の人間が、普通の人間だとグロいなと思うように印象付けるような描き方がベースになっているんです。むしろ、グロさの世界を構築していると言える。当然、実物にはない人工的なグロさです。一般的に「ヘタうま」っていうのは、技法のレベルが低いという意味で下手なのではなくて、メジャーな漫画の世界の美の文法に適合する、「美しいもの」の典型とは異なる基準の典型を作ってるということなんだと思います。

ほんとうに下手なのは、僕みたいな素人が描く、どこにモデルがあるのか、どういう基準によるのかはっきり分からない、一貫性がない絵のことでしょう。一貫して醜く見せるって、普通はできないと思う。なんか中途半端に実物に似てしまう。そこで、根本さんの絵の特徴って考えてみたんですけれど。

 

司会:壁全面がホワイトボードです。どうぞ使ってください。

 

仲正:もう一度まとめますと、人間は誰でも、平凡な想像力は持ってると思うんですよね。娯楽っていうのは、自分の日常でやりたいと思っているけどできないことをできたつもりにさせてくれるものです。すごくかっこいいことやりたいんだけど実際にはできないので、私たちはいろいろ妄想します。恋人とかっこいい付き合い方したいんだけれど、そんな相手いない。現実にいそうな人をちょっとモデルに思い浮かべて、変な想像するけれど、普通は、想像しようと思ってもイメージが長続きしないんですよ。すぐに飽きたり、自分でシラケたりする。もし妄想で架空の恋人を一貫したイメージで作り上げ、それと付き合っているストーリーを一貫性をもって描けるとすると、すごい想像力だと思うんだけど、普通の人間には無理。自分で想像しようとすると、キャラの形がぐちゃぐちゃで、ぼやけてしまうし、ストーリーもバラバラになってしまう。そういう普通の人間に対してメジャーな漫画は、美しくて感情移入できるモデルを与えてくれる。プラトンのイデアみたいな感じて、自分が心の中で求めていた美しい世界を想起しているかのような錯覚を与えてくれる。

ただ、その美しい世界の作り方は、少年漫画と少女漫画ではかなり違うと思うんです。

 

司会:少女漫画の方が装飾的ということでしょうか。

 

仲正:装飾物は確かにたくさん出て来るでしょうが、人物の描き方に関して言えば、どっちかっていうと、輪郭がぼやっとした感じの絵が多いと思います。

 

司会:そうですか?

 

仲正:例えば、萩尾望都とか。私は、あれ全然美しい絵だと思わないんだけど。男顔、つまり四角い顔の女性が多いような気がします。まあ、趣味の話だから、あれが魅力的だというファンも多いでしょう。とにかく、読者が惹きつけられる「美しい世界」が構築できたら、そこでの典型的な造形を徹底していく。

そうやって美しいものに憧れる一方で、人間は自分の心身に関して隠したい部分がいろいろある。例えば、体の表面のぼつぼつ、湿疹、あばた、脂肪によるたるみ。大小便を始めとする排せつ物は、他人に見せたくない。これが自分の身体から出たものだと知られたくない。でも、そういう汚い部分こそが自分の現実だということは分かっている。こうした負の部分は、意識したくない。だけど、いろんな機会についつい意識してしまう。美しい妄想よりも、リアルに感じられる。だって、自分の身体は実際汚いし、自分の欲望が錯綜として、時として、どこがいいのか分からないようなヘンなもの、気持ち悪いものに惹きつけられることがあるのは、妄想ではなくて事実だから。

 

司会:整理されてないってことですよね。見たくないから隠してる。

 

仲正:現代文学だったら、身体的な汚い惨めな細部を描くタイプの作家っていると思います。今たまたま、現代思想でもよく名前が出てくるヘンリー・ミラーの小説を読んでいるのですが、恋愛とか世界観を語っている時に、排泄物のリアルな話が出てきて、何かの比喩で言っているのか、リアルな描写なのか分からなくなる。恐らく両方でしょう。大便を見ながら、世界の成り立ちとか、リビドーのメカニズムとか、社会的権力関係とか、知の秘密とかを考える。根本さんの作品に似ているような印象を持ちます。性的なものと排泄物みたいなやつが、主人公≒作者の想像力の中で混然一体化してるんです。精神分析で言われていることですが、文学作品にすると、ものすごくリアルな想像をすることを強いられる。

こういうのが、「ヘタうま」の世界なんじゃないかな。少なくとも根本さんのような傾向の作品のことを「ヘタうま」と呼ぶ場合は。無意識の内で抑圧しているものは、見たくない。でも、お前の内にそういうものがあるだろと突き付けられると、見ざるを得ないと感じる人もいる。中には、積極的に惹きつけられる人もいる。多くの人が割と抵抗なく惹きつけられる「典型的な美」を描くことがうまいのだとすると、それとの対比で「ヘタうま」ということになる。こんな感じで整理できるんじゃないかな。

根本さんの絵を私なりに観察して、気が付いたのは、人物がみんな水膨れっぽいんですよ。べちゃーとしている。なんか液体っぽさを感じさせる。

 

司会:膨らんでる。

 

仲正:膨らんでて、なんか、水を含んで、ぐにゃーとなりそうな。水風船みたいな感じですかね。

 

司会:首がなかったりしますね。

 

仲正:身体全体がふにゃ­ーってなってて、固く硬質で支えるになるもの、体に張りを与えるものがあんまりなくて、押されると、ぐにゅーっとなっていきそうな感じ。暴力を振るわれた人物が、まさにぐにゅーっとしぼんでいくようなシーン多いでしょう。しかも、全体的にふやけているせいで、しわとかがけっこう目立つのね。精子がそのまま自我になったタケオ君でしたっけ? 「精子」なんてまさに水っぽさそのもの。人間というのは、「精子」の水っぽさを継承しているように見えなくもない。実際、人間の身体の構成成分の三分の二は水分だし、産まれたての赤ん坊はふにゃふにゃしていますよ。成長の過程で発達する自我や筋肉が、その水っぽさ、ふにゃふにゃ感に抵抗しているんだけど、年を取ったり、弱ったりすると、抵抗しきれなくて、水っぽさが表に出てくる。そういう人間の身体の精神的なふにゃふにゃさが絶えず噴出すると、どうなるか。そしてしかも、ぐにゅーとなっているせいで、しわとかがけっこう目立つのね。それを可視化しているところに根本さんの一貫性があって、見てる人に、人間の根源的なだらしなさ、芯のなさを見せつけて、刺激を与えるんでしょう。根本さんの作品をアートと呼ぶとすれば、そうした刺激を喚起することがアート性なんだと思います。

 

司会:今の話を伺い思ったことは、先ほど、実は、仲正先生の話と私がアートと呼ぶものは全然違うものではないかと思ったのですが、実はそうではないかもしれない。仲正先生がさっき漫画はみるもので読むものではないという話です。どういうことかと思い訊いてみたら、仲正先生が定義される「ヘタうま」は、おそらく世間一般に言われてる「ヘタうま」とはちょっと違って、世間一般で言う「ヘタうま」は、技巧的に、技術面で下手だけれどもアート性があるものを「ヘタうま」と呼んでいるように思います。そんな感じのイメージだったのですが。

 

仲正:言っている人は、そういうつもりでしょうね。

 

司会:でもね、仲正先生、それを、「ヘタうま」と呼ぶとしたら、もしそうだとしたら、おそらく、『ペンギンごはん』は、「ヘタうま」の中に入らないと思います。とりわけ隠したいものや忌避されるものを表現しているのではなく、普通にペンギンジャーンプみたいなことを描いていますから。あれは別にこの中には入らないと思います。でも、まさしく、この図式でいくと根本さんの作品はここに入るのだろうと思います。だから、ここに入るということは、私の表現で言えば、ぺらぺらページをめくってみられるものでなくて、ここに向かう経験ですから、アートです。そういう話です。

 

仲正:もう一回整理するね。「ヘタうま」の定義ね。『ジャンプ』とか『マガジン』に出てくるような、要するに、美しくて、ファンタジー的な物語性を持ってる作品を、世間一般は「うまい」と考えてる。『ジャンプ』で読者人気1位とか2位とかになるようなやつを普通は上手っていうわけね。これからはずれるほど下手、ということになる。これが世間一般のイメージ。私が言いたいのは、本当にそれだけだったら、「ヘタうま」なんてありえないでしょ。矛盾した言葉でしょう。「ヘタうま」という場合の「うまい」には、『ジャンプ』の「うまい」とは別の基準があるはずで、根本さんの作品に即してその基準を求めれば、みんなが見たい「美」ではなくて、むしろみたくないものを描いている、ということになるわけです。そのペンギンには別の基準があるのかもしれないし、醜いもののが象徴化されて表現されているのかもしれない。

 

司会:さっきの先生の、『ガロ』継続について、小さいのがずっと継続しているという話と繋がってるのでしょうか。

 

仲正:大衆っていうのは、みんなと「同じもの」を求めたがるでしょう。美人って一番平均に寄ってる顔だっていうでしょう。一番見慣れてて、どういうキャラか安心して想像できるような顔立ちの人に人気出るでしょう。同じような傾向の顔の女優が、人気女優になる。同じような印象の人が同じようなドラマでヒロインやって、もてていたら、それが美人だということになるでしょう。そんなの退屈だっていう人もいるけれど、そうやって美人の「典型」を作ってもらえると、自分の美的妄想を何の抵抗感もなく、そのまんま引っ張って行ってもらえます。しかし世の中には、それについていけない人は、必ず一定数いるわけですよ。それからずれてるのを求める方が自分は安心するっていう人、必ずいる。そこから標準技法からズレるという意味での「ヘタ」に価値が出てくる。とにかく、技巧がないからずれてるっていうだけの話じゃないのは確かだと思います。

 

司会:そもそものモデルが違うっていうことですね。

 

仲正:そうそう。モデルが違うんです。さっきは、割りと説明のために単純化していったけど、メジャーの漫画でもいろんなモデルがありますよ。読者ごとに、美しい、かっこいいの基準が違います。わざとモデルを差異化して、出来るだけたくさんの読者を獲得し、こっちの系統に興味がなくなっても、次は隣の系統の…という風に関心を持続させるように工夫しているんでしょう。『ジャンプ』とかに出てる漫画でも、ヘタうま系とか脱力系とかありますよ。そういうやつはそういうやつで人気出てたりするんですよ。でも、やっぱり一番人気になるのは、『ドラゴンボール』とか『ワンピース』な感じのやつですよね。

2019.2.23 投稿|