Avantpopより前に(米原康正について)その1

投稿日:2021年08月19日

https://x-girl.jp/news/201507/detail18651

 

名著『ナイロン100パーセント 80年代渋谷発ポップカルチャーの源流』ばるぼら著(アスペクト2008年)の米原康正氏に関係しているところを再読してみた。

 

久保田慎吾氏はこの本のインタビューで「ヒカシューはよく来てた。井上さん、戸辺くん、巻上さんもときたま。あとは、ヤス(米原康正)だね。ヤスは衝撃だったな…飛び抜けてもう明るいの。「イエーイ」みたいな(笑)。…それで、話してみると趣味がとてつもなく暗いし。すごいヤツだなあとか思って。」と語られている。

 

私も以前、米原さんから明るく軽快な感じで「ノイズで良いのは、スロッピング・グリッスルとSPKと思うんだけどどう?でSPKはAuto Da Feが良いよね。」と問われて些か驚いた。それは過激な初期EP (N.ヒル)の曲がしっかり入っているキモとなるLP。私の場合は以前から米原さんが音楽にも造詣が深いことを知っていたので些かだったが。

 

久保田氏のこの発言はこういうことを言っているのだろうと思った。

小宮山書店内に展示されている米原康正作品は一見、色が明るくポップであることもあってナイロン100%にサーファー(米原氏)が居た時のように、この書店内では奇妙に目立っていた。

 

先日、Lotta(Ayano Nakano)個展の会場で、米原作品というと私には苦味のある大人向けポップバンド『スパークス』が想起されると伝えたら「ハーフネルソンの頃が好き」という返答され、そこからはLotta氏も好きというイーノ・アンド・バーンのMY LIFE IN THE BUSH OF GHOSTSから初中期トーキングヘッズの話に展開した。

次回に続く

菩提寺

2021.8.19 投稿|