米原康正×仲正昌樹×菩提寺伸人トークイベント第二弾

投稿日:2018年02月17日

cameraworks by Takewaki

 

米原 ゆとり教育が始まったのも80年代ですね。

 

菩提寺 仲正先生がお話しされたことに絡めて、80年代に戻りながら話したいと思います。香山リカさんが『ポケットに80年代がいっぱい』の中で中沢新一さんと対談しているのですが、「ステージ」という単語が出てきます。YMOのパンフレットにグルジエフやカルロス・カスタネダ等の名前があって云々とあり、そして「ニューアカの人たちはクラシックを聴いていても、バッハから時代ごとに聴いて今はブルックナーに来ている」とか、ステージを上げるというか、「お勉強のような感じがあった」と話しています。当時、その「ステージ」という考え方は結構みんな持っていたと思うんです。僕の周囲にもそういう雰囲気はありました。たとえオカルトに興味がなくても。

 もう1点は服飾について。流行は伝統的なものからエキゾチックなものに行くということでした。それと似たような事例が確かに音楽にもあると思います。いわゆるクラシックファンが好む古典派からロマン派のクラシック音楽は、機能和声、ソナタ形式を重視しホモフォニーな曲がつくられベートーベン等はヘーゲルの影響を受けて、その行き着く先はワグナーなどの総合芸術としてのオペラへという流れでしたが、その途中でやることがなくなった時に民族音楽に行き、何とか行進曲、何とか舞曲みたいなリズムを強調した曲がいろいろと出てきました。モーツァルトやブラームスとか。でもそれは民族音楽的なものを取り入れてはいるけれど、ハンガリーとは関係なく実はロマ音楽、ジプシーの音楽だったりする。そこにはダンス音楽がベースにある。ギリシア的なものに由来する西洋と考える彼らとしては、元々理性を重視しているから理性中心に行きたい。詩人追放やセイレーンの話にあるように情動よりと思っているダンス等はできるだけ拒否したいけれど一方で何かそういうものを求めたりするところもある。と同時にエキゾチックなものに何かを期待する。しかし西洋音楽は進歩していかなくてはならないという意識がある。その辺りが、先生が話されていた服飾の話に近いかと思います。

 そこから話は飛びますが、同じような現象が今の音楽でも起こっています。81年にトーキング・ヘッズが来日しました。その前のアルバムから一転して、P-Funkのメンバー他、黒人を入れてアフリカ的雰囲気を出してきたと皆が思った。実際ライブの内容は良かった。スタジオアルバムはイーノがプロデュースに関わっていた。またアフリカ人が演奏しているアルバムをイーノプロデュースでEGが出した。さらにその頃『ミュージック・マガジン』(ミュージック・マガジン社)等で、中村とうようさん等が盛り上げて、第三世界の音楽、アフリカの音楽が、そしてワールドミュージックがやたらと取り上げられていました。実際、アフリカのミュージシャンも何人か来日したりした。当時はみんなイーノの動きに影響を受け易かった。これはロックとその業界が第三世界に頼りたくなったということですね。あとはロックの根源、より純粋なものを辿るとか。仲正先生の話を聞いて、短いタームの中で繰り返しているのかと思ったんです。今ではワールドミュージックは一部を除いて評価が低くあまり顧みられない感じになっているようです。ただし当のイーノは一方向からの影響ではなく、相互に影響しあい混交することにこそ関心があったようです。第四世界の音楽というのも言ってました。

一方、ジャーマンロックの〈CAN〉というバンドは最初から世界のいろいろな音楽を混ぜたような曲をつくっていましたが、そのなかでも自分たちの民族音楽的音楽は偽民族音楽シリーズ(Ethnological Forgery Series)とあえて言っていた。完全にフェイクとしてやっていた。それは今聴いても面白い。彼らは民族が違うから民族音楽やっても全然違うものになるのは当たり前、真似してみてもどうせ全部フェイクなんだから、という姿勢なんです。そういう姿勢でやっていたらある時E.F.S.という概念をみつけたとメンバーのI.シュミットが言っています。ジャーマンロックは70年代当時と比べて評価は高く、今ではクラウトロックとも言われ世界的によく認知されています。日本の音楽シーンでも、例えばイギリスのニューウェーヴの真似をしてもやはり日本の要素が入り、逆にそれが面白いと言う西洋人もいる。言いたいのは安易な理屈を言って音楽上コントロールしようとしてもできるものではないということです。

 YMOはアルバム「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」から当のメンバー含めてニューウェーヴという認識ですが、海外ではニューウェーヴというイメージは持っていないんじゃないかな。米原さんも音楽について詳しいですが、その辺はどうでしょうか。

 

米原 どうなんだろう。僕らの世代はとにかく全部の種類の音楽を聴いていたましたね。AORが流行ればAOR、プログレが流行ればプログレ。そういうものの直撃の世代です。新しい音楽がどんどん紹介されるたびにそれに食い付いた。例えばプログレであれば、A面B面1曲ずつのものじゃないと買わない、曲数が少ない方がカッコいいというイメージがあったから。80年代主流だった音楽シーンは、なよなよしたニューウェーヴと言われていますよね。でもニューウェーヴ自体は、戸川純がテレビに出たりしてメジャーになったけれど、世の中的には大メジャーではなかった、みんなが「キャー!」ではなかった。不思議ちゃんしか寄って来なかったり。

 先ほども触れましたが、80年代は、ある種「ものを考えるな」というメッセージが強力にいろいろなところが発信されていたと思うんです。マンガは特にそうで、その頃からヤンキーマンガが登場します。ヤンキーマンガでは、頭がいい人、お金持ち、先生はすべて敵。その人たちは潰すべき人たちという図式が、意図的じゃないかと思うくらい強かった。ほんとに「ものを考えるな」というメッセージがいろいろなところに見て取れたんです。それは何なんだろう?

 

菩提寺 日本のパンクと言われていたりする、ならず者的なロックをやっていた人たちは、実は意外にみんな高学歴なんですよね。〈じゃがたら〉の江戸アケミさんでさえ明治大学で学校の先生を目指していたような人だし、〈非常階段〉も京大卒や同志社大学卒がいたり。パンクについて、社会学の書籍等では「労働者階級の底辺から出てきた者の心の叫び」等という説明がよく付きますが、実際はスタジオを持っているお金持ちのぼんぼんだったりする。聴いている層もそういう感じ。金持ちじゃなくても、きつい労働してそれにすべてのエネルギーを注ぎ込んでいるような人達とか、いわゆるマルクス主義っぽくはない人達が大半だったと思います。

 

仲正 セゾン文化はそういうものなんでしょうね。

 

菩提寺 当時のセゾンは後追いという印象があります。その前にムーブメントがあって、それを拾って付加価値をつけていくという。宮沢章夫さんは、「〈六本木WAVE〉には何でもあった、レコードにポップを付けるのはWAVEから始まった」と書かれていますが、WAVEにはそんなにレコードがあったわけじゃない。ポップなんてどこのレコード屋に行ってもあった。その前身の〈ディスクポート西武〉というレコード屋の方がデッドストックの輸入盤を大量に入れていたので面白いものがあった。渋谷西武百貨店のB1Fの店舗でサティのアルバムを出したばかりの高橋悠治さんや、YMOが関係したアルバムの発売後に朝比奈マリアさんがサイン会をしていたり、横には自主製作本の本屋もあって、「腹腹時計」や「HEAVEN」が置いてあったりした。当時僕はそこで廃盤になっていた前出のCANの1stのUK盤など買ったのを覚えてます。ところがWAVEになったら小奇麗になってしまった。デッドストックはあまりなく、いろいろなジャンルが一通りあったけどいいものはあまりなかった。ワールドミュージックと映画音楽のコーナーは大きくなったけど。ただしSEDICのことは知りません。あとWAVEができる以前に、既に池袋西武百貨店本店のアールヴィヴァンには、当時としては大量の現代音楽のレコードがあり、すべて試聴可で、芦川聡さん(作曲家)が店員をされていて質問したらいろいろと教えてくださったり個性的なレコード屋でした。僕はそこでJean Claude Eloyの Shantiを買いました。薩めぐみもあった。ここは前衛で、後追いではなかった。

 

米原 僕のWAVEに対する違和感は、WAVEに置いてあるレコードはオシャレという印象だったことですね。オシャレな音を探しに行く場所。映画館のシネ・ヴィヴァンもそうで、オシャレな映画を観にいく場所。みんな口に出して言わないけど。シネ・ヴィヴァンの映画は何を観ても寝てしまい、最後まで観れなかったというのが僕の辛い思い出です(笑)。仲正さんは西武文化についてはどうですか?

 

仲正 私はそれほど詳しくないですがお話を伺っていて思うことは、理屈を言うと、とんがったことをやろうとするのは、やはりインテリなんです。本当に生活が苦しい人は、とんがったこと自体求めようとしない。パンク自体もやらないでしょう。パンクみたいなことをたまたまやっている人がいるかも知れないけれど、それを芸術にしようと思った時点で、ある程度余裕がないと無理です。最初はとんがった形で前衛的なものは、次の段階ではオシャレにしないとならない。エリートの中で型にはまったエリートではダメだと思う層は、菩提寺さんたちはそういう層だと思うけれど、それは人口の中では非常に少ないと思います。そういう人たちだけで成立するようなマーケットは商業的には持続しないでしょう。持続させようとすると、ある程度柔らかくして、普通の人が受け入れられるようにしないとマーケットとして成立しない。そのような次の段階のところを何かが担わなければいけない。セゾングループがやっていたことは、まさにそれなんだと思います。

 

米原 80年代からヒップホップが流行りますが、グラフィティを描くスプレー缶は、アーティストによっては盗んでるやつもいた。グラフティ自体も非合法だけど、そういうことで顔を隠していたりするアーティストも多かった。それは本当に貧しい人たちが、自分たちの価値を作りたい、自分たちがいいと思うものをやりたい、という欲求でやっていたと思うんです。彼らは大きなサイズの服を着てますが、それはアウトレットに置いてあるサイズは3Xや3XL、要するにデカイものしかないから。それを安く買ってファッションにしていた。最初のヒップホップはそういうものだったんです。パンクも、Tシャツを破ったり、安全ピンをピアスにするというのも、最初は貧しい人たちのファッションだった。彼らの何が他の貧しい人たちと違ったかと言うと、遊びの心を持っていたことだと思うんです。「こういうことをしないと俺って周りと同じじゃん」という衝動というか。本当にちょっとした違いだと思うけれど、彼らは工夫したんです。

ヒップホップがなかったら誰も〈ナイキ〉や〈adidas〉のスニーカーやをオシャレだと思わなかったろうし。「スニーカーが買えるなら貧しくないじゃん」と言われるとそれで終わってしまうけど。でもたかだか1万、2万円のスニーカーのレアものでも、自分たちの中では、それが〈ルイ・ヴィトン〉等のハイブランドなんかよりも圧倒的に価値があると思っている。日本ではなかなか出て来なかったけれど、海外では若者たちが自分たちの価値観で新しい流れを生み出しました。そして結果的にそれが億の価値を持つようになったりする。でも、今でもヒップホップの人たちはギャングスターのままで、みんなピストルで殺されたりしているけど。日本ではそういう動きは見えなかったというか。周りにいたバンドをやっている人たちでも、本当に貧しい人を見たことがないですね。

 

菩提寺 新左翼的な感じはないけれど、80年代の、例えばナイロン100%にしても、何となくマス、大衆というものに対して反感を持っていたように思います。例えばフリクションの歌詞に「何を見てるの、俺たちを見てるの?」、INUの歌詞に「俺の存在を頭から打ち消してくれ、否定してくれ」というのがあったり。下級階層からの反逆というよりは、気に食わない、理にかなわないという気持ちをみんなどこかで持っていたように思います。均一化されることに対する抵抗感を持つ層が、80年代のカルチャーと言われるもの、アンダーグラウンドにはあったのではないでしょうか。

 

仲正 誰かが「アングラの消滅」という言い方をしていましたが、言い得て妙だと思います。とんがった形で地下に潜っているようなものは、今なくなってきている。結果的にそういうことをしている人はいると思うけれど、地下に潜って自分たちだけでやっているという感覚は、80年代に比べるとかなり低下していると思います。80年代は、少し前まで左翼運動が活発だった時代です。左翼運動の逆説は、体制に異を唱えながら、その左翼団体内に入ると均一化してしまうことです。それをイヤだと思った人が、例えば宗教に期待したりしたわけです。「宗教で何が悪い、どうせ均一化されるなら均一なものを求めればいいじゃないか」という逆転ですね。でも、だんだんと均一化に抵抗しなければならないという感覚が薄れてきました。宮沢章夫さんも講義している東大の表象文化論コースは、80年代の終わりくらいにできたんですが、あの頃は「表象文化論をやっている人は、アンダーグラウンドの芸術家と付き合わないと一人前ではない」という空気がありましたね。蓮實重彦さんや渡邊守章さん等、芸術に直接関わっていた人が先生をやっていたせいもありますが、そういう感覚が今はほぼ失われている。「机上の空論で何が悪い」と。いや、「何が悪い」という感覚さえないと思う。「理屈は理屈でいいじゃないか」という意識でしょう。例えば演劇評論をやっていて「実際に演劇に関わっていないと後ろめたい」と思うのは、多分左翼的感覚なんだと思う。労働者の解放を語りながら、労働者の生活をしないのは後ろめたい、だから労働者の格好をするとか。左翼系のカウンターカルチャーにはそういう部分があります。パンクをやっていた人も、「なるべくアウトサイダー的生き方をする」という意識があったと思う。そういう強迫観念みたいな意識が非常に薄くなっていますね。

 

菩提寺 仲正先生が先ほど仰った「マーケットに適合するように柔らかくする」ということについて。パンクからニューウェーヴへの流れは、商品化できるように薄くしたということになるかと思いますが、ニューウェーヴも初期の頃はとがったものもありました。(NEU!、CANに影響受けたような初期のPIL周辺、This Heat、TG、Joy Division、METABOLIST、初期から中期までのDAF、Talking HeadsのR.I.L.までなど)でも、そういう柔らかいニューウェーヴもあり、確かにその方が売れた。しかし、その中身がつまらなくて好事家は次の展開に向かったりするわけです。先ほどの米原さんのヒップホップの話しの時出た言葉をかりると「自分(たち)がいいと思うものを」聴きたいと言う感じです。アンダーグラウンドに対して、マーケットを形成できるオーバーグラウンドはあるかも知れないけれど、当初はある一定層だけが興味を持つフツフツとしたものは依然としてあり続けていて、米原さんはそういうものをいち早くキャッチしてきました。面白いと思うから行動し、それがオーバーグラウンドを含めて仕事に繋がっていますね。

 

米原 先ほども話しましたが、今はみんなの共通意識みたいな部分を見つけるのがすごく大変です。『egg』を作った頃は、「オジサンたちはイヤ」と言っている女の子たちは共通なものを持っていて、そういう女の子じゃない子たちも「この流れに巻き込まれるだろうな」という確信があったんです。〈きゃりーぱみゅぱみゅ〉が出て来たのは、渋谷がもう終わっていて、それに対するカウンターとして原宿から出てきた時です。原宿と渋谷は必ずカウンターとして機能してきて、どちらかが盛り上がると片方がその後に来るという流れを繰り返してきたんですが、今や原宿も渋谷も同じ商品しか置いてないんです。昔は原宿に行く子と渋谷に行く子はまったく違ったし、渋谷で買い物する子は絶対に原宿で買い物しないし、逆もそうでした。今は同じ商品が並んでいて、同じモデルが両方の系統の雑誌に出ていたりする。そういう昔の状況からすると今は本当に何もないような気がします。

 

cameraworks by Takewaki

 

仲正 せっかくなので米原さんの作品を観ましょう。

 

米原 最近の作品を観ましょう。去年までの動きですが、WEGOでTwitterを中心に人気のある男の子たち女の子たちをフィーチャーしていましたけど、今はTwitterでは人が付いて来ない、今は動画じゃないとダメになってるんです。僕が関わった〈XOX(キスハグキス)〉というWEGOが作っているアイドルグループがいます。女の子っぽく見える子もしますが、全員男の子です。今も人気はありますが、消費の最前線にいてこの子たちが何か言えばみんなが買ってくれるという流れは去年の前半まででした。後半からはこの子たちではもうダメで、今は動画の人気者たちが牽引しています。流行に合わせてSNSの使い方がみんな違うんですよね。WEGOは今の若い子たちを追いかけて展開しているブランドですが、もう追いかけ切れなくなっています。

 

仲正 最近のカッコいい男の子たちはこういう顔立ちだというのは、今は慣れているから当たり前に見えますが、顎のラインがものすごく細くて女の子っぽい。中性化してますね。

 

米原 かなり中性化してます。

 

仲正 昔の二枚目って顎のラインがしっかりしてましたよね。古いけど昔の二枚目の高橋英樹とか加山雄三とは明らかに違いますよね。

 

一同 (笑)

 

仲正 それから米原さんの作品を見ていたら、昔の感覚では非常に病的な感じのビジュアルの子が多いと思いました。
(スクリーンに男の子女の子の多数の写真。仲正氏、立ち上がり、画像近くへ)
 例えばこれ。今はマスクかけている子も多いですよね。でも本来、マスクと眼帯って病気の人がやるものでしょう。

 

菩提寺 米原さんが仰りたいのは、今は速度がものすごく速いということですね。

 

米原 もう付いて行いけないほど。しかも細分化され過ぎていて。

――先ほどの話に戻りましょうか。今のように速度が速いということに反して、80年代は帰属する意識が強かったように思います。

 

菩提寺 それぞれの族がいましたね。

 

仲正 反社会的だけれど、それぞれの「族」がありましたね。

 

――例えばサーファーならサーファーファッション族に、あるいは統一教会だったり、左翼運動だったり。

 

(仲正氏、再び画像へ)
仲正 メイクもね、病的に見えますね。最近は当たり前になり過ぎていて本人たちはそういうつもりはないと思うけれど。でもちょっと…。この子はまだいいかな、でもこの子は…。今はこういう感じの病的な子がモテるという雰囲気があるのでしょうね。

 

米原 今のムーブはメンヘラです。

 

仲正 そう、メンヘラに見えます。先ほど出たハロウィンにしても、本来病的に見えるようなメイクをしている。それが当たり前になっているから今はファッションだけど、70年代、80年代の感覚だったら、ものすごく不健康な感じがする。それから身体をそんなに露出していませんね。

 

米原 しないです。

 

仲正 豊満な女の子もいない。幼児体系に、ナチュラルではなくわざと陰影を付けたようなメンヘラで見えるようなメイク、それにマスクや眼帯を付ける。この子の手の上げ方は、自分の身体性を強調するのではなく、弱弱しい感じがする。

 

――80年代はボディコンだったり、身体性が強調されてましたね

 

仲正 細い人ならその細い身体をボディコンで強調していたりした。

 

米原 それから今の子は男女で同じものを着るんです。男の子がレディースものを着たり、その逆だったり。男女がどんどん真ん中に寄っている感じですね。

 

仲正 変な喩えだけど全身を纏足にしている感じ。アイドルを見ても女性的なものを強調する感じがしませんね。関係あるか分かりませんが、一見逆の現象みたいですが、最近大学で教えていると筆圧の高い女の子がやたら多く目に付くんです。昔のような丸文字は少なくて、むしろ力を込めて太い字を書いている。「男性化しているのかな」と思っていたけれど、最近、「字を書く時に紙を手前に寄せているからかな」とふと気が付いたんです。やってみると分かりますが、紙を抱え込むようにして字を書くと必然的に筆圧が高くなります。要は身体を抱え込むというか、縮み込んだ姿勢になっているわけですね。女の子に顕著です。身体を伸ばすことに対する抵抗感のようなものが、ひょっとしてあるのかな。

 

――むしろ80年代よりも今の方が人が細分化されている傾向にあるということでしょうか。

 

仲正 細分化というか。身体を動かした方が、見た目の違いは出やすいものでしょう? 縮こまると違いが出にくい。身体をなるべく小さく小さくしていこうとすると、外見的違いは出しにくくなると思うのですが。

 

菩提寺 米原さんは実際にこういう子たちに接して、どのような印象を受けますか?

 

米原 この子たちの話を聞いていてびっくりするのは、男女が一緒の部屋に寝ていても何も起こらない。普通にただ寝るだけなんですって。70年代の劇画『高校生無頼控』(原作:小池一雄、作画:芳谷圭児)のような「ヤッて当たり前」みたいな考え方はこの子たちにはない。セックスという前提も圧倒的に持っていない子が多い。あるとすると逆にゲイだったり。基本的に今の子にはゲイも多いですね。80年代は男主義的なところがありましたよね。

 

菩提寺 80年代は一般的に、処女だとか童貞だとか、いつそれを破るかという話ばっかりしてましたね。

 

米原 そういうものとは正反対にいる子たち。それから、「みんなと違う個性のあるものを着よう」という意識で洋服を選んでいるんでしょうけど、集まると雰囲気がみんな一緒なんです。全然個性がない。一人で街の中にいると目立つけれど、集まるとみんな同じ。メイクも同じだから顔も同じ。男の子もアイライン入れたりしますからね。そういうところが不思議だなと思ってます。目立ちたいのか目立ちたくないのか、よく分からない。

photo by m bodaiji

 

菩提寺 宮沢章夫さんは80年代について「非身体性の時代」と強調されてますが、80年代は前出のボディコンが流行ったり、むしろ身体性は強かったのではないか。宮沢さんは非身体性という例でテクノやYMOを出していますが、YMOは特に1stや2ndアルバムの時のライブでは、シーケンサーが暴走して速度やピッチが変わったり、止まったりと訳の分からない展開になるので、人力で無理矢理合わせていた。そこにギターも入ったりして、そのスリルを聴いていた人も結構いたと思います。それはどちらかと言うと極めて身体的で、機械の自動的な暴走に人間が無理して運動器を使って合わせていく感じ、フランスの後期HELDON(ドゥルーズも関係した)みたいな。現に高橋幸宏さんがドラムを叩く姿がカッコいいという人も沢山いました。『BGM』『テクノデリック』の頃になるとほぼコンソールの前でプレイするようになるけれど、クラフトワークが『ザ・マン・マシーン』から『コンピューターワールド』の頃に完全にコンソールの前だけでツマミをいじっていたのとは比較にならならない。運動器を使うという面においても。宮沢さんは、80年代はみんなDCブランドを着ていたから地べたに座らなかった、90年代は地べたに座ったりダンスしたりと身体的になっていったと話していますが、それも違和感があります。非常階段や財団法人、暗黒大陸じゃがたらなんて、ステージの上で流血しながら転げ回り、放尿したり嘔吐したりしていたので。身体的どころか生理的ともいえる状態だったわけで。まあゲンロンカフェで早すぎたものについても話されていたのでそれに当たる例とも言えるかもしれませんが。

 

――メジャーなところで言うと竹の子族やローラー族もとても身体的でした。身体を使ってダンスをしていました。

 

 

米原 今の子たちはオシャレするだけなんです。ユーチューバーと言われている子たちは「今日は街に出て、キスを何人がしてくれるか、やってみたいと思います」とか、YouTubeに上げるためだけに動いている感じ。ローラーを踊りたいからローラー族になった、とかいうものがない。Instagramもそうで、撮りたい写真があるからではなくて、Instagramにupするためにインスタ映えする場所に行く。

 

菩提寺 そこに欲望が作動している感じなんですね。

 

米原 自分がやりたいことのためにナントカをするのではなくて、ナントカをするため、例えばInstagramをやるために、「私はここに行きます」という考え方なんです。だからそれ風であれば何でもよかったりする。今の十代は洋服を買わないんですよね。

 

菩提寺 少し前ですが、米原さんも関係された、アイドルグループの〈BiS〉が突然不思議な盛り上がり方をしました。お客さんも含めて大暴れしたり、インディーズのバンドとコラボしたり、独得な盛り上がりを見せました。この時代にしては不思議な出来事だったと思ったんです。あれは何だったんでしょうか。

 

米原 BiSのお客さんはハードコアから来る人が多かったんです。第一期というか、解散した時のBiSのお客さんは、ほとんど非常階段のライブに来ていてもおかしくない人たち。アイドルのコンサートでは喧嘩にはならないけど、大騒ぎすることを前提に来出した面があります。当初はアイドルたちの中でも問題になっていたんです。「騒ぎに来ているのかアイドルを観に来ているのか、どちらかにしてほしい」ということが言われた時もある。初期の頃、地下系アイドルと言われた子たちには騒ぎに来るファンが多かったですね。今はダイブ禁止だしリフトも禁止。初期の地下系アイドルの良かった部分をすべて剥いでます。ちゃんとしたエンタテインメントとして見せているんだけど、そうなると全然面白くなくて。

 

菩提寺 彼女たちが解散した後に〈BiSH〉というアイドルグループが作られ、それがメジャーに行って、今はそちらの方がBiSより有名ということになっているんですね。

 

米原 エイベックスの仕切りでアイドル展開をしていますね。

 

菩提寺 オリジナル(根源)のバンドよりも認知度があるのはその次のバンドで、その次のバンドの方がメジャーになっている。そのグループのオーディションに落ちた子が今のBiSに来たり。面白い現象だなと思います。

 

仲正 坊主頭のこの子(カミヤサキ)は、多少暴力性を演出しているのかも知れませんが、普通の男性が狂暴だと思うかと言うと、そうではないでしょう。むしろ壊れそうな印象。90年代のヱヴァンゲリヲンあたりから、綾波レイのようなキャラクターを好む人たちが増えていますが、イメージとしてはそういう感じがします。一見外れたことをやりそうに見えるけど、実際に身体を動かしたら壊れそう。

 

米原 彼女はマラソンをしたりして体力はあるようです。

 

菩提寺 BiSは、メンバーが過酷なことをどんどんやり、追い込まれながらツアーをやる。それをみんなが見るわけです。

 

米原 BiSに限らず、地下系のアイドルの女の子たちのリストカット率はとても高いんです。

 

仲正 なるほど。じゃあ見た目通りですね。いかにもやりそうな雰囲気がある。

 

米原 ステージ上でリストカットして辞めた子もいます。6針も縫うリストカットやったんです。本当にメンヘラ率がすごく高くて、AVの女の子たちとの境は薄いですね。「どっちに声を掛けられたか」という差ほどです。AVの子たちもリストカット率が高いんです。メンヘラの子たちのいる場所って、昔であればアンダーグラウンドの舞台があったり、いろいろありましたけど、今はAVか地下アイドルに行くしかないみたいな感じです。

 

仲正 AVと地下アイドルに共通するものを考えると、少なくとも表面的には、男性文化に正面から対決しているようには見えないこと。自分が暴力を振るうというよりは、「暴力的に扱われても平気です」みたいな、究極の受け身のように見えますね。

 

米原 そうなんです。そういう企画ばかりやらされている子たちです。

 

仲正 そちらの方の身体性が出ているのかも知れない。昔は女の子が身体性を発揮すると言えば、男まさりという感じでしたが、今はむしろAVに近いような究極の受動性のようなところで逆に身体性が見えてくるように思えます。

 

米原 そうですね。

 

菩提寺 当時、我々でBiS について、CINRA(芸能系ネットニュース)にセックスピストルズの状況主義者的な面を参考に文章を構成しました。非常階段のJOJO広重さんも久しぶりに面白かったと言っていたBiS階段のような、ああいう感じがまた起こるといいなと個人的には思います。仲正先生が言及したサキちゃんも、ダイブをやっていた昔の雰囲気を今も引きずっているように僕は思います。

 

――サキちゃんは、それまでは普通にキレイな女の子という感じで活動していて、BiSに入ってから今のような雰囲気になったんです。

 

米原 BiS階段が出た後、「〇〇階段」という非常階段とのコラボシリーズは6本出たんです。JOJOさんやり過ぎ。もう無理でしょう。そんなにアイドルが良かったのかというくらい出しまくったので、僕からするともういいという感じ(笑)。仕掛けた人も知っているけど、やっぱりそれは仕掛けでしかない。何かを残そうという意図でやっているわけではないんだよね。
 彼女たちが受動的な行動を取らされるという面については本当にそうで、握手会にしてもチェキ会にしても、お客さんがいる限り永遠に待っていないといけない。僕が思うに、アイドル・オタクの人たちは見掛けはMに見えるけど究極のSなんです。だからアイドルの子たちはドMを演じなければならない部分がすごくあるなと思います。

 

仲正 この子とかは、いかにも叩かれそうな表情をしてますね。

 

米原 その子もサキちゃんです。アプリを使ったりして表情を作るんです。それがウケる表情だったりするんですよね。

 

――ここで休憩をはさみ、後半に仲正先生からお話が出た「疎外感」について対話を展開したいと思います。
(休憩)

 

次回に続く

 

[WEGO X BiS X GANG PARADE X YONEコラボT企画]より

 

 

*お知らせ*

第三弾はマゾヒズムから究極の受動性を考察する身体論へと展開し一段と白熱します。
この度身体のdiscommunicationを扱うあごうさとし演劇『Pure Nation』が上演されます。
仲正昌樹が役者として初舞台/初主演になる公演です。

 

米原康正×仲正昌樹×菩提寺伸人(菩提寺光世)|2018.02.17

 

 

 

2018.2.17 投稿|