米原康正×仲正昌樹×菩提寺伸人トークイベント第三弾

投稿日:2018年03月05日

cameraworks by Takewaki

 

――画面に出ているのは、〈ジャックス〉のLP『ジャックスの世界』のために、メンバーの早川義夫が1968年6月27日に書いた文章です。

 

菩提寺 僕はこの文章がポストモダンぽいと感じます。先ほど仲正先生に読んでもらいましたが、先生も同じ感想でした。裸のラリーズは黒ヘルを被っていたり当時の左翼運動に親和的でしたが、ジャックスはそんな時代なのにポストモダンっぽい。ラリーズの水谷孝さんは「ジャックスはロックじゃない」と言っていましたが、僕はロックだと思うんです。日本の80年代のロックもポストモダン的な香りがすごくするものがあります。

 

仲正 先ほどの話の関連で言うと、こういう台詞があります。
「プロにならないでほしいとの声をよく聞きます。しかしどこまでが演出なのか分からぬマスコミの世界にジャックスは入っていきたいと思うのです。マスコミが汚い、プロが汚いと言ってアマチュアで押し通すというのは駄目なんです。学校だって家庭だって何処だって汚いんです。汚い世界でありたくないから自分自身がそこに入って行かなければならないと思うのです。でもこれは時間がかかることです。いつも完全燃焼というわけにはいきません」。

 プロとアマだとか、学校と非学校だとか、新左翼的発想では、純粋な世界と汚れた世界をはっきり分け、自分がどちら側にいるのかをはっきりさせようとします。しかし今の文章は、そのような二分法を避け、「汚れた世界に自分は入っていく」と言っています。自分は純粋な世界にずっといられるという感覚をそもそも持たない。そして「時間がかかる」とも言っています。純粋な世界に身を置き、そこで汚い世界に向けて革命を起こすという発想とは根本的に違いますね。

「彼らの心の底に流れる泣きや怒りや願いは歌になって表われますが、外側のジャックスはマスコミに作られていきたいのです。彼らの心の底はないものねだりをするんだろうけれど、彼らの外側が純粋なんてないと思っています。そして僕らは何々を分かるということや、何々を知るということだけが人生でないと思っています。もっと感覚的に歌を愛していきたい。あれは音楽じゃないとかいう発言の底は何々は何、何々は何と頭の中でノートを作っている人なのです。そのように転がろうともしない石になった観念を捨てましょう」。

 「反体制」というものを固定観念的に捉えようとはしない、「何々の本質がここにある」というような発想をそもそも止めてしまおうということですね。

「僕らは一人一人違いを知っている。つき迫ったところで尚も広がっていく一人一人の違いを知っている。偶然集まった4人がそれぞれ自分しか出せない音を出すため我儘で生意気でなければならないと思うのです。そして彼らは誤解されやすい立場にいつもいることを知っている。理屈で考えれば僕ら自身だって「何だこれ」となるから、僕らはあまり語り合わない。一人一人のセンス、感覚だけを、それも部分的でしか信じ合っていない」。

 「部分的にしか信じ合っていない」という箇所などはポストモダン的ですね。ベタな反体制主義であれば、「純粋な世界の中で自分たちだけは分かり合っている」と言ってしまうところでしょう。「本質がある」と思っている人から見れば、表面的にしか繋がっていないように見えるかも知れない。ごく微妙な繋がりなんだけれど、そういうところを大事にしていくという発想です。型にはまることを拒否するあまり、かえって逆に型にはまっていくということを避けるために、いろいろなものを受け容れていく、ということです。受動性みたいなものですよね。

ポストモダン系の議論で、従来の「主体性」に関する議論と異なるのは、突っ張るとかえって自分が捨てようと思っている近代的合理性や型にはまった思考に、逆にはまっていく、という視点です。いわゆる二項対立を完全に避けることはできないけれど、ある程度相対化しようと思ったら、「これが能動的な在り方」「これが受動的」とはっきり分けて考えないようにしよう。「主体性」は大概は能動的だと捉えられますが、そのような能動性の理想像からまず崩していこう。そのためにはある意味、力を抜かないとならない。ただし力を抜いてラジオ体操をすると、かえっておかしくなるように、そこの抜き方が大事になります。簡単そうに見えてなかなか難しいものです。

先ほどの女の子の話に戻しますが「受動的に見える」ということについて。フェミニズム運動史でよく言われることですが、最初期のフェミニズムは「男と同じくらい強くなる」という発想がやたら強いものでした。その反動で「女性らしい主体性」というものが出てきます。すると、「それでは母親や従来の伝統的女性像に囚われるからダメだ」と揺り戻しがくる。そのようなことをずっと繰り返してきました。政治運動化しているフェミニズムは必ずそのどちらかに寄るのですが、ポストモダン系の議論でよく言われるのは、「対抗しようとすると、必ずその対抗しようとしているものに似てくる」ということです。しかも自分の主体性だと思っているものが型にはまっていく。

80年代の主体性は、「反抗する身体」という「意識している主体性」なんです。左翼運動の身体性は意識的に反抗しようとする。だから集団行動のような形になり極度に規律化されていく。カウンターカルチャーへ向かう人は、そのように規律化されない「本当の主体性」を求めていたと思うけれど、その方向に行っても余計に型にはまっていくものなんです。主体性は、追究していくと結局似てくる。

それに対して受動性は、逆説的な意味での主体性の持ち方なのかも知れません。どういう理屈か。例えば、人を殴ることはある意味簡単です。でも殴られるのはキツイ。「どちらをやりたいか」と問われたら普通は殴る方でしょう。あるいは、パフォーマンスにおいて、人の身体を作動的にいじることは楽にできる。でもずっと受け身でいるのは相当キツイ。実はそちらの方が身体的技法としてレベルが高いかも知れない。そう感じたのは、関わっている前衛演劇で「役者をやって欲しい」と言われ、能動的・受動的な動きをやってみたからです。2人のパフォーマーで、「どちらが動かしているのか分からない形の動きをしてくれ」と言われ、やってみて分かったのですが、人間は自分の方から動いてしまうものなんです。理想としてはどちらが動かしているのか分からない状態に持っていきたいのだけれど、単純に手を合わせただけの状態でも、それをずっとやるのはなかなかキツイ。相手主導の動きに耐えられなくなるので自分の楽な方に動かしてしまう。人はやはり受け身の状態でじっとしているのはキツイんです。

 

――今の話は先ほどのBiSから発展しています。彼女たちは、作り手側の要望に応じ何でもやらされるという受け身であるけれど、実はその立場の方がキツイし、それを受け容れるのには、逆に主体性が必要なのではないか、という話ですね。

 

仲正 人間はやはりイヤな体位などを取らされたら逃げようとします。でもそこで逃げたら面白くないわけです。マゾが成立するのは、普通の人間が逃げるところで逃げないから。

 先ほど米原さんから、80年代は〈とんねるず〉の番組等、マジメな人をバカにする空気が積極的にあったという話がありました。〈ダウンタウン〉もそうですが、後輩の芸人や自分より少し下の芸人にやたら手を出すとか、暴力的に扱うとか。そういう番組が一時期流行りましたね。芸人同志が一触即発のような雰囲気になり、彼らを一緒にしておいたら何をやるか分からない、それで盛り上がるという空気がありました。でも今はモードが逆になっていて、見掛け上マゾの人が増えているような感じがします。

 

米原 確かにそうですよね。

 

仲正 いかにも「突っ込んでください」という感じの人ばかり。昔の感覚では、それは主体性がないと思われるでしょうね。本来、人間は主体性のない状態でいるのは相当大変なんです。

 

――現在は、主体性と受動性、そこで完全に主客が逆転しているのではないか、ということでしょうか。

 

仲正 まさにヘーゲルの「主と僕(しもべ)の弁証法」です。マゾ・サドの話に似ているのですが、主が主である為には僕が必要であるという話です。主に対して完全に仕えてくれる僕がいないと主は主でいられない。その意味で主は僕に完全に依存していると言える。主を作り出しているのは実は僕の方であるという見方もできるわけです。マルクスの場合、それがどこかで逆転すると言いますが、実はその状態のままということも考えられるわけです。現代思想では、むしろ僕の状態のままの方が逆説的な意味で主体性を持つ、と考えます。ずっと耐え続けることによって主体を主体にしておいてあげるわけですね。究極のマゾ性みたいで、こちらの方が不気味ですよね。

 

――米原さんは、80年代からアイドルを作るシーンで活動され、〈おニャン子クラブ〉や〈AKB48〉等に携わってこられました。今のお話は、アイドル側とプロデュース側の関係にも言えますか。アイドルは作られているように見えながら、実は作り手側の方が依存している。アイドルそのものがいないことには主であるはずのプロデューサー・サイドも成立しなくなる。実は最も主体性を持っているのはアイドル本人だという話になります。

 

米原 僕が80年代にすごく会社組織を嫌ったのは、会社組織がすごくマゾに見えたらからなんです。我慢しないとならない、訳の分からない上司の言うことを聞かないとならないとか。僕はお袋から「いい学校に入りなさい」とずっと言われていたんです。「どうして?」と訊くと、「いい中学に入るのはいい高校に入るため」「いい高校に入るのはいい大学に入るため」「いい大学に入るのはいい会社に入るため」。「何故いい会社に入らないとならないの?」「いい奥さんをもらうため」。僕はすぐにでも彼女が欲しかったから、「いや、そんなに待てないな」という気持ちなったりして(笑)。お袋は、「究極に我慢しなさい、何があっても我慢しなさい」ということをずっと僕に伝えていたんですよね。「そういうものが社会なんだ」という意識を持ったんです。それとは違う話ですか?

 

仲正 まさにそうだと思います。上に上ろうとすると我慢が要りますよ。もっと上に行こうとすると、もっと我慢しなくてはならない、もっと自分を鍛錬しなければならない。そうすると上に上れば上るほど不自由になっていくわけですよね。欲しい力を得るために我慢しているはずだけれど、上れば上るほど拘束される度合いが高まってくる。

cameraworks by Takewaki

 

――最初の方の話にありましたが、仲正先生は我慢して受験勉強していたのか分かりませんが、とにかく受験勉強して東大に入った。そして統一教会の原理研究所に入った。そのきっかけは、押さえつけられていたものが疎外感みたいなものと重なったからでしょうか? 自分の解放のようなことを原理研に求めたのでしょうか?

 

仲正 そうとは限らないのですが。私は自分で「社交性がない」と思っていたんです。マルクスが言う意味の労働疎外ではなく、「自分にはコミュニケーション能力がない」と思っていたんです。現在はコミュニケーション能力がすごく規格化されていますね。就職の際のエントリーシートや面接の際にどういう受け答えをするか等、すべてマニュアル化されている。マニュアルっぽくない話し方をしようと思ったら、余計メタ・マニュアルのようなものに陥ってしまう。今ここで、そういうものの逆接について指摘していますが、80年代辺りからそういうものが出てきたように思います。妙なコミュニケーション幻想のようなものが働き始め、「このようにコミュニケーションして人間関係を広げるべきだ」とか、やたらうるさく言われ始めた時期かと思います。

 

――仲正先生にとって東大生になることは一つの鎧だったわけですか。

 

仲正 面倒くさいからコミュニケーションしたくなかったんです。しないために東大生になったと言ってもいいくらい。しかも理系にしたのは、文系だとコミュニケーションしないとならないようなイメージがあったから。今は必ずしもそうではなくなってきているけれど。

 

――その後のことはどう考えられていたんですか? 卒業後は?

 

仲正 「理系の研究者や技師であれば人とそれほど関わらなくて済むだろう」という意識はありましたね。そのようなネガティヴな動機で理系を志望する人は、今の方がむしろ圧倒的に多いと思います。でも今は、おそらく理系の研究者の方が内部での面倒なコミュニケーションは多くなっていると思います。
 統一教会に入った時はそれほど考えていなかったけれど、今考えてみると、普通の世界で生きていると、自分でコミュニケーションの仕方を考えて戦略を立てないとならない、宗教ではそれを委ねることができる、という面があったのでしょう。委ねる対象は、宗教の教義でもいいし、神や宇宙の原理でもいい。その意味では究極の解放ではあります。人とコミュニケーションしなくて済み、自分のイニシアティブが保てる。「では勧誘活動はどうなんだ?」と思うかも知れませんが、勧誘している時は「自分でやっているのではない」と思えるわけです。

 

――究極のコミュニケーションは左翼との戦いだったと思いますが。

 

仲正 それはコミュニケーションではないです。戦いでもないです。マニュアルはないけど教義があるので、「このようになったら達成だ」ということが見えてくるんです。自分で理由を付ける必要もない。ちなみに今の学生に30人程のクラスでグループ発表をやらせる時、必ずものを言えない子がいるんです。6人のグループだと2人くらい、ずっと黙っている子がいる。発言を促すにはいろいろな手法がありますが、私は「仕事だと思え。仲良くなるなんて思うな」と言います。勧誘も左翼との争いも、そういう意識でしたね。今でもそうで、同僚と話す時も面倒な時はいつも仕事だと思って話します。それが私が統一教会でコミュニケーションについて一番学んだことです。自発的に関係を持ちにいくのが非常に面倒で、それを考えると一日中頭が一杯になりそうになったら「これは仕事だ。そしてこの仕事の成果とはこういうことだ」と考えると楽になる。自発的にコミュニケーションしていると思わなくて済む。そういうことをずっと考えていました。

 ある意味80年代は、東大生をイジメるとか様々なことをやりながら、肩の力を抜いていくというか、マニュアル化されたコミュニケーションをどうやって脱却するか、ということを求めていたように思います。そうすると「肩の力を抜いたコミュニケーションはこういうものだ」というものをやって見せないとならない。そこで能力を発揮する人もいるけれど、苦手意識を持っている人間は余計に苦手と感じる。80年代は、型にはまらないコミュニケーションの「型」を見つける、というような逆説的なことが続いていたような気がします。

 

――お話を伺って謎が解けたという気持ちになりました。先生の半生記『Nの肖像』を読むと、統一教会を信じている感じがしないんです。それなのに何故11年間という長い歳月を統一教会に身を置いていたのかな、と疑問でした。コミュニケーションの苦手意識からスタートし、それが東大受験の理由の一つであり、統一教会での11年間はある意味Social Skills Trainingの期間だったのだと、何となく腑に落ちました。

 

仲正 左翼から宗教に向かう人がいるのは、そういう意味で必然性があると思います。「主体性を示せ」と言われた時、それがインチキっぽく聞こえ、不自然だと思え、いずれにしてもそれがしっくり来ない人は、逆に究極の受動性を求めるようになるものなんです。特に極端な人は。

80年代は、型にはまった主体性を超える主体性の「型」みたいなものを求めるモードが、世の中一般の世相としてあったと思います。それがテレビ番組等にも見てとれました。やたら暴力的だとか、例えば「朝まで生テレビ!」のように、いつ壊れるか分からない、いつ喧嘩するか分からないという雰囲気がウケました。逸脱する主体性に「本当の主体性」が現れているのだ、というモードでした。でもそれは世相的にもマスコミ的にも90年代に段々と崩壊していったという感じがします。
 一時期、細木和子や江原啓之など、占いが異様に流行った時期がありましたね。最初見た時にはびっくりしました。「それをやっていいのか」と思って。それまではそういうことはコソコソとやっていたはず。少なくとも番組の公式見解とは取られないように、こっそりやっていた。それが細木和子と江原啓之が出た辺りから露骨にやるようになった。それは先ほどの話と結び付けると、真の主体性探しゲームのようなものに疲れてきた時に、細木和子のような究極のSが出てきたのだと思います。今でも占い師のような人はいますが、あそこまで過激なのはいなくなりました。

 みんながそういうキャラに説教される人を見て喜んでいた。オバサンが怒るという図式ですね。

 

米原 〈おすぎとピーコ〉も最初は叱るキャラでしたね。

 

仲正 「お前何様だ?」というパターンがウケたのは、主体性を追究するモードが逆転し始め、むしろ「言われたい」「怒られたい」という風潮が出てきたのだと思います。そうでないと細木和子があそこまでウケるのが分かりません。SとMはおそらく相対的なのでしょうけれど、不自然な主体性追求競争がどこかで崩壊し、Mモードが前面に出る人の方が増え始めたのかなと思います。

 

米原 僕は『nicola』というローティーン向け雑誌の読者ページを20年間担当しているんですが、20年前から変らないことと変わったことがありますが、今はとにかくイジメが多い。目立つ子たちはみんなイジメられるんです。スポーツができる、勉強ができるのもイジメのターゲットになる。女の子たちのグループがあって、「同じテレビ番組を観てます」「同じ鉛筆を持ってます」という中で一つだけ何かが違うと、その子ははじかれたりするんです。それは、みんなと一緒じゃないとダメということでしょうね。その時、主体性はどうなっているのでしょう?

 

仲正 元々「出る杭は打たれる」という話はあるけれど…。一時期は、変わったことをやったり、面白いことを言っていると人気者になるという風潮がありましたよね。それが普通の人の生活では成立しにくくなっているのではないかと思います。ちょっとしたアピールみたいなものが個性や主体性だと認められにくくなっているのだと思います。

 

米原 そうなんですよね。中学生で「モデルになりたい」とか、意思を持っている子はイジメられる。格好の標的になるんです。主体性を出すというか、私は「こうしたいです」と、他の人たちとは違う自分の意見を表明するとイジメられやすい。

 

仲正 違う次元の話になりますが、そういう人は、逆に見ればイジられてくれている人でもあるわけですよね。イジられてくれる人って、貴重なんです。

 

米原 イジメとイジられることは、紙一重のところがあると思うんです。本人はイジメととっているけど、周りはただ「イジっているだけ」と言う。その逆もあり、周りはイジメているつもりだけど本人はイジられているだけだと思っているとか。

 

――それは幸せな感じですね。

 

菩提寺 最近、身体障がいや神経性発達障がいを持つ方に対して、世論の上では昔より偏見、差別が減ってきているにような気がします。見ないようにしているという意味ではなくて。身体障がいに関するネタでお笑いをやる身体障がい者の人達が出てきたり、お笑いの人が統合失調症に罹患していると堂々とメディアで語れるようになり、根拠なく恐れるとか嫌うとか避けるとかいうことが少なくなってきた。医学、情報科学や技術等の発展にともない障がいについてのちゃんとした知識、教養を皆が持ちやすくなり、説明や関わる側もより細かくしっかりとそうするように努力し、現実的になったという面があるのかもしれません。僕はそのように現実的になったのは良い傾向にあると思います。自閉症スペクトラム障がいの診断がついていて、かつ海外の有名大学教授として働いている人たちが少なからずいるという現実、統合失調症で通院加療を受けながら清掃業で長年働いていて、定年退職を希望したら仕事ぶりを高く評価され、雇用者から慰留を強く求められたというような現実、サヴァン症候群の人たちの才能が紹介されたり、ダウン症候群の人たちが講演しそれがTVで放送されたりしたことも大きいかもしれない。しかし一方では相模原障がい者施設殺傷事件のような優生思想的な背景を感じさせる残虐な事件が2016年に起ったことを考えると決して楽観視してはいけないとも思っていますが。

 

米原 今、多くのカメラマンがパラリンピックを美しく撮ってるんです。僕はそれはちょっとイヤで…。何故、障がい者の人達をエロく撮ってはダメなのか。僕はエロく撮ってもいいと思っているんです。今までエグイ写真を撮っていたような人たちまで、いきなり「パラリンピック最高」みたいなモードになっている。

 

菩提寺 それは違和感を感じますね。上映禁止になっていたトッド・ブラウニングが撮った『フリークス』(1932年)という映画がようやく解禁になり80年代に日本でも上映されるようになりました。丁度その頃に『エレファント・マン』(80年)が日本で公開された。『エレファント・マン』については、やたらとヒューマニズムを強調して広告宣伝が行われていました。それもあってか観客も泣いている人が多かった。その後、デヴィッド・リンチ監督の最初の作品『イレイザーヘッド』(77年)が公開されると、「リンチってそういう人じゃないでしょう」とか『エレファント・マン』で涙していた人などからは拒否された。そういう感じでしょうか。今ではNHKで『バリバラ』という面白い番組があったり個人的には随分良くなったなという気がします。また80年代にはアンダーグラウンドの『突然変異』という雑誌がありました。河合奈保子さんの写真を身体に障碍があるかのようにコラージュしたものが載っていたり、そういう露悪的で悪趣味なことをすることが80年代には一部、裏で流行っていたように思います。

 

仲正 露悪は確かに80年代の傾向だと思います。主体性競争をやるとどうしても露悪的になっていきます。

 

菩提寺 一方でメジャーでは『なんとなくクリスタル』が流行った。あの膨大な註釈を読んでいる人が多くいました。でもあの小説で描かれたような冷めたカップルはあまりいなくて、もっとベタベタしていたし、ブランドを追っかけていた。「こっちのブランドの方がカッコいい」「こっちの店の方がオシャレ」とやっている人が大半だった。ヒエラルキーがあって、例えば日本のDCブランドよりイタリアのミラノファッション、〈ジョルジオ・アルマーニ〉〈ジャンフランコ・フェレ〉〈ジャンニ・ヴェルサーチ〉3Gと言われていたものの方が高価でそれを西武グループ等が売っていた。(アルマーニ、フェレが西武関係の輸入代理店)田中康夫さん、三枝成彰さん、川崎徹さんらが着ていた、当時は加藤和彦さんもバルバスを着ていた。ギャルソンを特別視するギャルソン好きもいましたけど。そういう漠然としたヒエラルキーが強くあった。情報もあまり入らなかったからかそのヒエラルキーのもっと上というか内側というか、服飾の奥底、考え方、歴史、職人のことまでちゃんと探ろうとする人はほとんどいなかったと思います。90年代以降のようにイタリアのサルトリアやロンドンのサヴィルローで仕立てるとか、例えばここ(rengoDMS)に展示されている〈ステファノ・ベーメル〉のような靴をビスポークするというような感じはなかった。マニュアル通りにしてその中で差異を確認し合って安心していた感じがありました。

 

仲正 その差異も本当の差異ではなく、マニュアルで「これが差異だ」というものを作り、それが巨大マーケットとして成立していたんだと思います。「どのようにすれば主体的に見えるのか」という理想像のようなものがあった。ドラマの作り方にしても「ヒーローはこのような行動を取らなければならない」というものがはっきりとあった。今は、「このように振る舞うと社会のヒエラルキーを解体したことになる」等というマニュアル自体が嘘っぽいということが最初から分かり切っている。主体性競争が実体的に崩壊してきていると思います。

 

米原 テレビでオネエの人たちが正論を言いますよね。オネエと外人は正論を言えるけど、その他の人たちが正論を言うと圧倒的にバッシングを受けるという状況は、ずっと変わっていないと思うんです。特に最近は、マツコ・デラックスを始めとして、オネエがすごく多い。その人たちはごく当たり前の普通のことを言う。でも、オネエの人以外でマツコ・デラックスのようなことを言う人はいないんです。それは彼らが異形だから、「自分たちの村とは違うから」という意識が強いから受け容れられるのでしょうね。「あの人たちが本当のことを言っていても私たちには関係ない」みたいな。

 

仲正 まさにそうだと思います。大抵は説教くさいことは女性かゲイの人に言わせますよね。行儀作法の先生や、TBSの番組でいつも怒っている、俳句か短歌を作っているオバサンなど、「違う村の人たち」を連れてきて怒らせる。政治家や弁護士が説教くさいことを言うと叩かれます。芸人も司会者になって説教くさいことを言うと、大体炎上しますよね。松本人志や太田光等は、叩かれるだろうと分かっていてわざとやっている。彼らは本当に説教を垂れるというよりは、説教を垂れている態で「攻撃を受ける」という役を演じているのではないか思います。例えば鳥越俊太郎が言うと「また言ってる」となるけれど、マツコ・デラックスだと責められない。今Mというか責められる役割の人が求められている感じがします。

SとMの話に戻すと、普通の人間は攻撃され続けることに耐えられない。自分を守ろうとする。でもみんなが守りに入ると誰も大したことを言わなくなり、誰もイジれなくなる。そうなるとつまらない。イジられる人間はやはり必要なんです。だから変なことを言うヤツがいてくれないと困る。

 

米原 人気のユーチューバーは、基本的にとんでもないことをする人が多いんです。1500メートル走って牛丼を一気喰いするとか。「3リットルの牛乳飲んだら吐くと言うのは本当か」を試してみるとか。大炎上するんだけど、彼らの視聴率は上がる。叩かれれば叩かれるほどフォロワーが増えるんです。だからわざとやっている人もいる。昨日、アメリカで電子レンジにコンクリートを入れ、そこに顔を入れて固まらせたら取れなくなりました、というユーチューバーが大問題になってましたけど、日本のユーチューバーもそれに近い人たちが多い。とにかく人がイヤがること、「バカじゃん、こいつ」と思われることをやって「バカじゃん」と言われてフォロワー数を伸ばす。

 

仲正 普通の人は、イジメられたくないから大したことを言わないようにするんですよね。信じられないけれど、学生に「何故意見を言わない?」と訊くと、「意見を言うと目立つから」と。「変わったことや間違ったことを言っても誰も責めない。間違った意見を言って先生に怒られたことなんてないでしょう?」「実際ないです」。「じゃあ何故気にするんだ?」「そこはハードルがあるんです」。私も積極的に発言しない人間だったので分かるんですが、今はそういう子ばかりです。「平均的なことを言えないといけない」という感じが強まっていて、それが言えないのであれば最初からものを言わない。誰かが抑圧しているのではなく、周りを見て自分で目立たないようにしている。でも、みんながそうやって防御に入っていたら面白くないわけですよね。

 

米原 今の子たちは反論したりしないんですよね。感情同志がぶつかるのが嫌い。要するに怒ったりとか悲しんだりとか、感情が動くということがすごく嫌いなんです。常に平らでずっと動かないでいたい。でもそれは面白くない。

 

仲正 自分はそうしているくせに、周りもそればかりだと面白くない。だからMの人が必要になる。どこまでもイジられせてくれそうな、先ほど写真を見せて頂いたような子たち。昔であれば、同じ美形でもきりっとした感じの美人がいたけれど、そういうタイプは今は売れなくなっているようですね。イジるとバシッと怒られそうな女性はあまり人気がない。

 

米原 弱そうな感じが多いですね。

 

仲正 本来は、イジり倒されるのはきついことです。おバカタレントにしても、見ている側は「バカだ」と言われるのが平気な女の子という設定で見ているけれど、考えてみると、それほど頭が良くなかったとしても「お前頭悪いな」とずっと言われていたら相当きついでしょう。彼ら彼女たちは、反発する気持ちをぐっと押さえているんでしょう。それは非常に大変だと思います。普通の女の子だったら、「バカだ」と繰り返されたら何か言い返すでしょう。バカなことを自分のキャラクターにはできません。それをやったら人間関係が成り立たなくなる。

 

――60年代、70年代には政治的なものと結び付いていた強固な思想があり、80年代に入ってそのような強い主体性や自主性が揺らいできたという感じでしょうか。

 

仲正 真の主体性を求め続けると必ず崩壊するんです。

 

――真の主体性を60年代、70年代で求めて過ぎたので、80年代に入り、実は受動的であることが主体的だというモードに変わったということですか?

 

仲正 受動性も必要だということです。浅田彰さんが言うように、「ノリつつシラけ、シラけつつノル」。シラけていることは実は受動的であり、それが必要なんです。ずっと熱くなっていたら、決まった主体性の型にはまらざるを得ない。人に設定されたのか自分で作ったかは別にして、自分で「これが主体的なことだ」というものを作ってしまったら、ずっとそれをやり続けないとならない。それはだんだんと不自由になります。主体性競争はどこかで限界が来るんです。「喧嘩を売られたら必ず買う」とか、「相手を絶対に論破する」とか、それを主体性と決めたらずっとやり続けないとならない。周りも期待するから。「もう辞めたの」「歳とったの」「気力なくなったの」と言われ、「そんなことはない」とやり続けないとならなくなる。それは下僕の状態です。

それは逆説だ、ということが思想的にはっきりしたわけではないけど、長い時間をかけて世の中が分かってきたんじゃないかな。80年代に登場した情報産業や、宮沢章夫さんの本にもクリエイティヴという話があったけど、クリエイティヴもだんだん型にはまっていく。〇〇クリエイターのような仕事で一度イメージを作り上げると、そこから外れるとクリエイティヴじゃなくなって見える。前と同じだとダメだから何かやるけれど、「こじんまりとしてきた」等と言われたらもうダメ。自分と周囲で作り出した「クリエイティヴ」というステレオタイプに、どんどんはまっていってしまう。逃れるには、ある意味それを気にしなくなるしかないわけです。先ほど読んだ早川義夫の文章のように。主体性を発揮しようとする人は、普通は「もっとやってやる」となる。昔の芸能人は「それがカッコいいのだ」という型が非常に強かったですよね。

 

――実際米原さんは芸能界でもクリエイティヴの立場で携わってきました。作り出すことはどのようなものだったのですか。

 

米原 メジャーの芸能界にクリエイティヴな部分はほとんどないと思っています。ウケているものをいかに持ってくるか、だけになった。ウケているクリエイティヴの人たちをウケているタレントと一緒にすれば、ものができるという考え方です。
 一つ伺ってみたいことがあります。80年代から今は主体性がない状況ですよね。先ほど紹介したWEGOの子たちも、集まれる小さいコミュニティは沢山あるんです。それは「同じタイプの洋服が好き」とかいうグループです。誰かがリーダーとなって「ここに集まれ」とやっているわけではなく、漠然と小さい島がいくつもできているという感じ。その状況がこれからも続くとしたら、そこに強いヤツがボンと出てきて「付いてこい」と言った時、そこはどう反応するのかな。そこがすごく気になっているんです。

 

仲正 人間は完全には受動になり切れない。なり過ぎるとどこかで反動が来て、自分で主体性を発揮したくなる。そこで逆説的な現象というか、まさに宗教がそうで究極の受動が究極の主体性だということになったりしますよね。完全に他者に委ね初めて真の主体性を獲得するということ。

 

――イサク燔祭のようなことでしょうか。

 

仲正 イサク燔祭もそうだし、浄土真宗のように完全な他力本願にして初めて啓けて来るというのもそうでしょう。宗教はそういうものです。ずっと受け身を続けるのはきついし不可能だから、どこかで反動が来る。その時に昔のように真の主体性を求める方向にもう一度行くのかというと、そうではないように思います。「オレに付いてこい」の方が分かりやすいし、楽でしょうね。自分で受け身を続けるよりは、人が言ってくれた方がさらに楽です。

 

米原 それって安倍さんの存在のようなものですか? 世の中では「決断」風に受け取られていますね。彼のパフォーマンスは時代に合ったものということですか。

 

仲正 小泉純一郎ならまさに「付いてこい」タイプでしょうね。安倍さんはそれほど典型的ではない気がします。あの人はむしろ欠点の方が目立ちます(笑)。

 

米原 逆に炎上する(笑)。

 

仲正 欠点を見せているから、かえって人が引き寄せられるのかも知れませね。究極のMだからこそ究極のSになれるのかも知れないし。そこのところは今は分からないけれど安倍さんが微妙なのは、叩かれたくてやっているのではないだろうけれど、叩かれることをやることです。トランプ大統領は典型ですね。究極のSのように見えるけれど、見方によっては叩かれるためにわざとやっているようにも見える。もし大統領になっていなかったら、彼は究極のMキャラクターでしょう。力を持ってしまったので妙な感じになっていますが、落選していたらアメリカ一のMキャラです。Mキャラだからこそ逆に力を持つような、そのように逆転する可能性があるんですね。

 

菩提寺 会場からも何か意見があれば?

 

Q 話に出た「とんねるずのみなさんのおかげです」が終わったことは、身体性の話と関係があるんでしょうか。

 

仲正 あの番組では、よく服を脱いでましたよね。とんねるずは体も大きいし、いかにも暴力振るいそうな感じがします。

 

米原 あれは若いからできたんでしょうね。今はオジイちゃんにしか見えない。

 

Q 最近、80年代のコント「保毛尾田保毛男」を復活させて炎上しました。今のコンプライアンス社会とそのような80年代の身体性の炎上はどこか関係がありますか。

 

仲正 裸芸人は今もいるけれど、暴力を振るうようには見えない。筋肉芸人のような人はむしろ力を振るうのではなく筋肉を見せてイジられる方。身体性の表現の仕方が変わりました。今では筋肉を見せていたらMだと思われる。暴力的で強そうな雰囲気は今はなくなってきています。簡単に言うとヤクザ映画が流行らなくなりましたね。『アウトレイジ』(2010年、監督:北野武)のような映画もありますが、あれは身体性を見せていない。殺す時も銃で撃つとか、暴力の表われ方が明らかに違ってきています。

 

菩提寺 最近の話題ですが、ある犯罪を犯した人がAという名前だったために、まったく関係のないA工務店がすごく攻撃されました。当人がいくら否定しても電話をかけて来た人が大勢いて結局廃業に追い込まれたとか。「歪んだ正義感」と言われていますが、そういう現象が見られますね。

 

米原 「正義」ってイジメになりやすい。でもそれは正義感ではないですよね。

 

仲正 イジりたいだけなんでしょう。例えば大相撲では、力士として肉体的な強さ見せてほしいと期待するのではなく、日馬富士や白鳳も、力士が叩かれキャラになっている。

 

米原 不倫騒動もそうですね。

 

菩提寺 近年で印象に残っているのは佐村河内守事件です。佐村河内氏は現代のベートーベンで苦労して作曲活動をしているというような番組をNHKが放送した。彼が作った曲は後期ロマン派の影響を受けているような現代の音楽(?)で、演奏したオケの人たちも感激して盛り上がって演奏しているようにTVでは見えました。ところが新垣隆さんという現代音楽作曲家がほぼ作曲していたことが後から分かった。佐村河内氏が偽っていたことが分かると大バッシングになって廃盤になった。僕から見ると、その曲を聴いて、そんなに感動していたのなら、作曲者とされている人が誰でどんな人あろうと関係なく、その曲自体に感動し続けていればいいと思う。表題音楽に対する僕の意識が低くすぎるのかもしれないけど。もし佐村河内氏がクラシック以外の作曲者としてあったならあれほどは叩かれなかったのではないかと思います。

 

仲正 それは別に不思議ではないでしょう。あれは叩きたいんです。音楽の問題ではないと思いますよ。

 

菩提寺 偽善やきれいごとを欲する人たちをかなり刺激してしまったと思うのですが。

 

仲正 きれいごとが成立しているとは、みんな思っていないでしょう。昼のバラエティ番組は圧倒的にスキャンダルが多いですよね。視聴率がとれるのは麻薬か不倫。それで叩かれる人がいないと坂上忍の番組は成立しません。そういうものが求められているんです。「きれいごと」というのは幻想です。

 

菩提寺 クラシック音楽であったことが大きいかと思います。アウラを感じて、ありがたく聴いていたけれど裏切られたと。

 

仲正 叩いていた人は元々クラシックのファンではないと思いますよ。雰囲気でありがたいと思って買っていた人が叩いている人に影響されて買わなくなったという話だと思います。

 

菩提寺 いわゆる「高級音楽」「シリアスな音楽」のファンじゃないということですね。アドルノが言うところの「構造的聴衆」もしくはその発展したかたちとして聴いていたわけではないと。

 

――雰囲気ですよね。

 

仲正 世間みんなが叩きたいんです。叩かれるためのアイドルもいます。AKB48などがそうでしょう。「ブスだ」と言われるために出ているような子が明らかにいますよ。

 

米原 それは秋元康さんの作戦でもあります。炎上させて人気を得ることを意識的にやっているところがありますね。

 

仲正 昔は、わざとだと分かっているけど、その「可愛いという設定」は守ろうとしました。今は作り手の方がわざと炎上に誘導していますね。

 

米原 やってますね。

 

菩提寺 僕の中では繋がっているのですが、話が変わってしまいますが、米原さんが見つけた初期の〈きゃりーぱみゅぱみゅ〉はメジャーに行きましたが、彼女のファーストアルバムは素晴らしいと思います。イーノが提唱した環境音楽。それはエリック・サティの「家具の音楽」の概念、そしてそれを経由したジョン・ケージからも取り入れ、集中しても聴け、垂れ流しでも聴ける良質な音楽というもの。そのイーノが定義した通りのレベルの環境音楽をイーノの作品自体では感じたことがないのですが、きゃりーのファーストアルバムの一部の曲で僕個人はまさにそれを感じました。ゲーム音楽は元々ゲームのBGMのような感じだったと思いますが、その要素をうまく取り入れている。みんなの頭に残っているであろうテンポやビート、音色を取り入れて作ってある。また、きゃりーさんの帯域を中田ヤスタカさんがうまくコントロールしているのか、きゃりーさん自身も上手いのか、リヴァーヴも含めどんぴたで合っている。今はシーケンサーで作るので完全に同じリフが延々と回る。集中して聴いても緻密で面白いけれど、刷り込まれた情報があるから垂れ流し、ながらなど散漫な聴取でも面白い。変化しないので変化したように聴こえる。金太郎飴みたいな差異を。しかも売れて外国でもウケました。YMOが売れた時と同じ匂いを感じました。そういえばアルバム「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」1曲めでフェイドアウトした後に残像のような残音(変な表現ですが)が残っているような感じがして、2曲めに入る。これは3曲めのライディーンまで続くのですが、こんな感じが「にんじゃりばんばん」にもありました。

 

米原 YouTubeというメディアを使って大ヒットした最初の日本の歌じゃないかな。

 

菩提寺 最初はここまで売れると考えていたわけではないだろうけど。メジャーになりました。

 

米原 きゃりーが所属する「アソビシステム」という事務所は、「読者モデル」というモデルでもないし読者でもないものの定義を全面に押し出したところなんです。「こういう仕事をしてください、と言われたくない」「でもモデルはしたい」という相反する意識を持つ子たちを初めて事務所として扱いました。その子たちはみんな、時間には来ないわ、プロとしての意識がない。も逆にプロとしての意識のなさが多くのファンを作るんです。

 

菩提寺 きゃりーはアマチュアリズムで好きなことをやっている感じがします。当時YMOもレコード会社の予想以上にバカ売れしました。子供は「ライディーン」の鼻歌歌いながら走り回っているし、パチンコ屋でもがんがんかかっていた。そういう現象は偶発的に起こる。米原さんはそういうものの前兆をいち早くキャッチして出し、それがメジャーになっていった。
〈ヴェルヴェット・アンダーグラウンド〉でさえも最初は謎で解釈の難しい音楽だったんだと思います。前身の一つにドリームシンジケートというミニマル、ドローンの世界があって、そこには初期VUに在籍したAngus Macliseがいて、そのメンバーであり初期にVUに入る予定で入らなかったトニー・コンラッドいうミニマリストがドイツに渡り、前出の〈ファウスト〉と一緒にレコードをつくった。ファウストは全く売れなかったけど、アンディウォーホールが関係してVUはそこそこ売れてファウストより早めに歴史に残った。今ではウォーホールのバナナの絵のレコードはみんなが知っていますよね。ロックの名盤では必ず紹介され、そのTシャツを着ている人も街でよく見かけるくらい。

 

米原 僕は『ミュージック・ライフ』の評価で星が少ないものを絶対買うようにしていたんです。というのは主体性があるんでしょうか(笑)。

 

菩提寺 ファウストも星が少なかったですね。これはミュージックマガジンかな。でも今ではジャーマンロックという言葉も定着してタワーレコードにもコーナーがある。当初はマイナーでも歴史に残っているものって沢山ありますよね。だから米原さんの作品は早いうちに買っておいた方がいいと思います(笑)。ファウストのレコードは一時20万円位していた時期がありました。VUのはがれるバナナのオリジナル盤レコードも今は高いです。

 

米原 最近は、「前髪」というテーマの作品シリーズを発表しています。メンヘラの子たちと話していると、必ず前髪で目を隠すんです。「どうしたの?」「べつに」。分かってきたんですが自分では「隠れた」という気持ちになるようです。

 

仲正 可愛く見せたいのに口を隠すとか眼帯を付けるとか、ハロウィン風の黒い化粧をするとか、明らかに反することをやってますね。

 

―― 「前髪」はそういうものからの展開でしょうか?

 

米原 先ほどの主体性の話に関連しますが、「べつに」じゃなくて「あなたたちを見たくないから」と言うと、主体性が一瞬にして現れます。「前髪を伸ばした理由をちゃんと言ってみよう」という企図なんです。だから「fucking wall」とか「あんたを見たくない」というパンクっぽいタイトルを必ず付けるようにしています。先ほどの話じゃないですが、ちょっとリーダーになったつもりで、「そういう女の子たちが増えるといいな」というのが今の僕の夢なんです。

 

cameraworks by Takewaki

 

菩提寺 暗黒大陸じゃがたらにも「あんた気にくわない」という一言から始まる曲がありますね。

 

米原 ほんとに在り方をちょっと変えるだけ、一言そこに付け加えるだけで、MがSに変わります。

 

菩提寺 両義性がある。ポスト・モダン的ですね。気が弱いのか強いのか分からない。

 

仲正 この写真の子は姿勢としては隠しにかかっているけど、どう見てもこういう風に見せようとしているとしか思えない。姿勢と着ているものが真逆。真ん中の女の子も小顔に見せようとしていると考えるのが普通だけど、顔を隠している。この子は太腿を見せたいんだろうけど、正面じゃなく横を向いていて、グラマーに見せようという時の角度に曲げてはいない。一見大胆そうで隠している。どっちなんだろう、と思わせますね。

 

――逃げているのか、攻撃しているのか?

 

仲正 この子は口を開けていて、受け身性が強調されています。人は意思を強く持とうと思うと口を結びます。そして目を隠しているけど、どっちみち目線は真正面じゃなくて視線を外しているのが分かりますね。

 

――無防備で受け身的な女性の写真にペイントすることによって、逆に攻撃性が反転して見えて来るということですね。

 

米原 そこがテーマです。今が買い時です(笑)。

 

仲正 メンヘラの子はイジられキャラに見えるけれど、本当にイジったら、

 

米原 怖いですね。

 

仲正 変な喩えですが犬と一緒で、イジりすぎると攻撃する。吠えられないギリギリのところまでイジってやろうという感じに引っ張られる。

 

――いい気になっていると噛みつかれるという感じでしょうか。

 

仲正 ギリギリの受動性で向こうが攻撃に転じる前に逃げたいという欲求をうまく誘う感じが出てますね。最初から攻撃的だったら、こちらの態度も「征服するか、されるか」という感じになるけれど。向こうが攻めて来るところまで行ってやろうという気を起こさせる感じがいいですね。複雑な感じの欲望を起こさせます。

 

米原 今の子たちが自分たちの主体性を出すには島が小さ過ぎる。それが大きくなる可能性があるのなら、大人たちは何をすればいいんだろう。それとも、大人だから子供だからという定義自体もないんでしょうか。

 

仲正 大人というよりイジり役なんじゃないでしょうか。同じ年齢同志だとイジるのが難しいと思います。イジメになるし。こういう感じの女の子をイジると、オジサンがやればいやらしいオジサンだけど、そうではないと成立しない。こういうメンヘラ同志だとハリネズミのジレンマようになります。他の誰かがイジっていかないと。それをやると危険な世界にも入ってしまうけれど。

 

菩提寺 僕が学生の頃、変な音楽を人に勧めてはまった人たちは退学したり、海外に行ったきりになったりとか。音楽にパワーがあったのか本人たちにあったのかはわかりませんが結構いました。僕はアートに対する期待があるので作品を観て、はまって変化する人もいるのではないかと思います。

 

仲正 大人を人生の正しい処置方やコミュニケーションのあり方を分っている人間と想定するのはもう無理があるけれど、ただ違いがあるとすれば、長いこと生きているので少なくとも生き残り方だけは知っているということだと思います。

 

米原 今の子たちは生まれた頃からネット環境が整備されていました。その中での経済体系が出来ているので、大人を必要としない。僕らの頃は大人の社会に入って行かないと、本が作れない、発表する場所もないとか、いろいろなことができなかった。大人に頭を下げて「よろしくお願いします」と言うしかなかったですよね。今の子たちは、そういうものをさくっと乗り越えて、何十万人、何百万人もに受け容れられる状況にもなれる。情報弱者じゃないけれど、逆に大人は圧倒的にそこに付いて行けない。子供たちからすると大人はいなくていい。PRやお金を稼ぐということも、全部自分たちでできてしまう。今度は逆に、大人たちがどうしたらいいのかを考えないとならない。同じ日本の中に全然違う体系があるんです。そこがすごく僕が怖いところであったりします。大人の方が物事を知っていると言っても、今の子たちはさくさくっと検索して調べられるんです。その情報は薄いんだけど。

 

――大人に教えてもらわなくても、スマホさえ持っていれば情報は仕入れられる。

 

菩提寺 でも米原さんの作品を観てもペイントの質感がある。現物を持つ、買う、みるをしないと、ほんとうのところその雰囲気は分からないところがある。やっぱりネットだけでというのではなくて、個人的にはみに行って、モノを買った方がいいと思うんですが。

 

仲正 大人にならなくてもいい子は、経済的にもそんなにはいないと思います。実際は大半の子は大人になろうとすると思う。それに、私が法学類に勤めているせいもありますが、今の子は諦めるのが非常に早いです。一年生の時「法律家になる」「政治家になる」「外交官になる」「いやむしろバンドをやる」「作家になる」と言っていた子が、半年経つと「地元の市役所の職員になります」。「やはり法学類に来る子だな」と思いますが、たった半年で露骨に変わります。

 

――その半年で彼ら彼女たちは何を知るのでしょうか。

 

仲正 昔はもう少し時間をかけれたと思います。自分が世の中でどの程度の能力を持つ部類に入るのか、客観性なく、「この辺りが自分の限界だろう」とわりと低いところに簡単に決めてしまう。法学部は特にそうなんでしょうけれど、地方公務員等の「安定した職に就きたい」という意識変化が非常に早い。4年生になってエントリーシートを書く時に「こんな面倒なことをやるのか」と思った時点で負けだから。1年生の時点から「会社に受け容れられるようなエントリーシートでアピールできる人になりなさい」というメッセージが発せられているんです。「あなたはクリエイティヴな仕事をできる人間か?」、あるいは「政治家のような仕事をできる人間かどうかよく考えなさい」。そう言われ大半は公務員や普通の会社員など、自分の能力はこの辺だというものを決めてしまう。

 

菩提寺 僕たちの時代もそうではなかったですか? 今は経済状態が厳しいのでより顕著なのかも知れませんが。

 

仲正 経済情勢もあるけれど、諦めが非常に早いです。昔であれば、エントリーシートを書くことだけで相当精神的に追い詰められたかも知れない。今の子は当たり前に受け止めている。

 

菩提寺 僕が面白そう、期待できそうと思う子は、そういうことに過剰には適応しない子、もしくは回避はしないが適応できない子の方。

 

仲正 そう思っている子でも6、7割は適応していきます。つまりこういうことです。「君は適応できない」という時、「そのままでは」と言うでしょう。そう言われると適応する方に行こうとするんです。昔はもう少しモラトリアム期間が長かった。結果的にその間に諦めるんだけれど、今はその期間が非常に短いです。

 

菩提寺 熟慮する時間がない、与えない。猶予を与えず選択させる、させられる。さらに考えた上で諦めるということをする時間すら与えられないということでしょうか。

 

仲正 「君はこの辺ならまだ就職できるかも知れない、それを逃すのか?」「バンドなどをやって逃すのか?」と誰が言っているわけでもないのに、自分で受け容れてしまう。大学で1年生から「キャリアプラン」という授業を受けているからかも知れません。中身はないけれど、メッセージだけはぐーっと受け取っているのでしょう。そうすると、大抵は抵抗しようとせず、適応する方向に向かう。ごく一部にこういう芸能の世界等に行って、受動的なことがかえって強みなるような子がいるんでしょうね。

 

菩提寺 ネットの時代になり、米原さんが関わって来た子などは、得意とするメイクやスタイルでネットで有名になり、ある程度スポンサーがついてお金が入るようになり、好きな方向で自分のスタイルを作っていくことができるようになった。田舎だと「あいつ変わっている」と言われ、場合によっては排除されたかも知れないけど、フォロワーもできてお金も入り、モデルになったり芸能の職に就く子もいる。

 

米原 WEGOの子たちもそうですが、イジメられっ子が多いんです。自分で「何をしよう」と決めている子たちだったりするから。そういう子は、「ネットでフォロワーができて初めて主体性を持てた」という言い方をよくします。今はそういうイジメられっ子たちもネットの中で繋がっていたりします。

 

菩提寺 数が多ければ、その中にはそれを分かる人たちがいて評価してもらえる。

 

米原 それは僕は昔と比べてすごくいいところだと思います。

 

菩提寺 そういうことで「変わった子」かも知れないけど、ネットでは容認、承認され経済的にもバックアップされるわけですね。

 

米原 僕なんて未だにモラトリアム期間です(笑)。

 

――「モラトリアム」という言葉が出ましたが、こういう言い方で締めくくっていいのか分かりませんが、80年代はモラトリアムのような時代だったと言えるかも知れません。それまでの時代は、反体制の意識や「主体性を持って行動しなければならない」「自分の言葉で発現しなければならない」という空気が世の中にあったけれど、80年代に入り何となくそれが揺らぎ始めた。「主体性とは何か」を実際に考え始めた時、何か族みたいなものに所属することによって、その中で命じられたり反復したりしながらSocial Skills Trainingのように社会生活を送る術のようなものを身に付けていったりもした。均一化しようとする受験勉強みたいなものから解放されるという形で暴走族もあったろうし、竹の子族のような自己表現もあったのだろう。そのようなモラトリアム時代を経て、今は実は受動的なものが主体性を持っているのではないか、というところに来た。長いモラトリアムから抜け出してきたという感じでしょうか。

 

仲正 例えば受動性も、ずっと見ているとつまらないかも知れないけれど、部分部分を取って組み合わせると結構面白く見えたりするところがあると思います。

 私にしても変わったことを書こうとは思ってなかったし、今もそれほど思っていません。でも、こういうことを書いたら意外とウケたとう記憶は強い。米原さんが紹介された子たちも、そういう記憶はいいんだと思います。受動的にやっているけれど、周囲の雰囲気に押されて受動的にやっていたことが、たまたまウケたということがあると思う。それをパターン化するとダメだけれど、そういうものをいくつか集めてきて、どのようにすれば活かせるかを考える。捻った形の能動性ですよね。ストレートに主体性を出そうとするとダメで、受動的なものがウケてしまったのだから、「それは何故か」を考え、それをうまく逆転させるようなきっかけを掴めると、能動性が得られる契機になるかも知れない、という気がします。

 

米原 サンプリングですね。昔であれば80年代特集、90年代特集ということにしかならないけど、今の子たちはいろいろなところから美味しいものを持ってくる。それでセンスをうまく出したヤツがオシャレと言われています。まさにそういうことだと思うんです。音楽でも昔ならパンクしか聴かないという人も多かったけど、今の子たちはサンプリングのためにいろいろものを聴いて、「ここだけもらっておこう」としたりする。より編集能力が必要になっていますね。

 

仲正 そうですね、自己編集能力ですね。ネットがあるとやりやすいと思います。同じ真似でも、二番煎じだと言われる場合もあるけど、こう真似したら反応が良かったとか。

 

――編集作業をしている過程で偶発的に出てくるものもある。組み合わせによってまったく別のものが出てくる場合もあります。

 

米原 それはまさに80年代のヒップホップとサンプリングから生まれているものだと思うんです。そのサンプリングが物真似やコピーではなく、もう一回編集し直してそのフレーズを違うように響かせるとか、違う意味を持たせるようになれば、すごくいいのではないかと思います。

 

仲正 そうですね。

 

菩提寺 ジャーマンロックもそれに近くて、サンプラーのない時代に積極的に音を変調させたり、ループを作ったり、テープ編集したりコラージュしたりして作品化していました。イーノもそれに影響を受け、メロディではなくむしろエコーやディレイなど加工して音を作り出すということに重きを置いて曲をつくった。ヒップホップもありますが、後の時代になると、ビル・ラズウェルは多民族構成で普段まったく関連のないミュージシャンを組ませてセッションをやった。滅茶苦茶なメンバー構成をして。その結果各々のミュージシャンが持つ影響を受けた音楽的背景までが作用して、偶発的に変な面白いものが現われる。米原さんの作品もある意味そうで、時代を表している。複雑なものがポストモダン的に重なり合って、多様性、多義性を持ったものになっています。

 

――ある意味サンプリング的ですよね。

 

米原 今の時代にはもうやられていないことは、ほとんどないと思うんです。そうすると、いろいろなネタの中から新しいもの作っていくしかない。

 

菩提寺 まさにビル・ラズウェルも同じことを言ってました!仲正先生が仰ったように「どう組み合わせていくか」ですね。

 

米原 その辺は今の若い子たちはすごく得意。そこに期待です!

 

――80年代はそうなるための大事な時期だったということですね。

 

一同 そんな大雑把でいいんですか(笑)? 長時間ありがとうございました。

 

yonehara yasumasa

 

米原康正×仲正昌樹×菩提寺伸人(菩提寺光世)|2018.03.05

 

2018.3.5 投稿|